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 彼らの能力を聞いて回るようなことはしてこなかった。


 これには研究所の慣習も関わっているだろう。


 怪獣に対処する人員と違って、研究用の人材は協力するような機会が限られる。およそ合同実験で知り合う程度。外での運用に適さず、本人にも害を与えうる能力まで含まるのだから積極的に話せる話題でもない。

 休憩時間に出会う相手としか面識の場がない。病室の多くが埋まる中、食堂では多くの椅子が片隅に縮こまっている。

 そんな下地が生まれてしまっている。


 いざ、実験する時にも、お互いの素性を明かさないよう工夫がなされていた。

 実験の成否によっては無駄手間を与えただけになる。個人に悪い心象を抱かせない目的があるのだろう。


 人間用の医療機器が並べられた一室の中央で、目隠しを付けた相手が病床に横たわる。

 病衣姿の半分を毛布に埋める。


 不測の事態に備えて、実験場所には集中治療室が選ばれ、部屋の外で医療班も立ち会う。今回の対象者は攻撃性のある能力を持つわけではないが、裏では戦闘員も待機させているらしい。


 彼らは常人よりも肉体強度に優れ、怪我に対する自然治癒も特異的だ。そんな彼らに能力の個性があるように、肉体にも個体差は存在する。


 身に危険を及ぼす能力と判断された者たちは、そう判断されるまでに小さくない危険を経験したはずだ。

 それが今日までに日常生活への復帰が叶っていない。


 細かな電子音を聞く。


 自分の力は、このような相手の元でしか役立てることができない。


 魔法少女の力によって生活を奪われた相手に、他ならぬその力で癒す。

 今更の行為に、恩着せがましいと恨むのか、あるいは当然の責任だと思うのか。それらの真実を私が知ることもない。


 実験という名目で行った行為に、すぐさま結果が現れるわけでもない。患者間の交流が少ないこの施設では誰かの物音さえ遠く、叶うことなら彼らに少ない癒しをもたらし、喜びの声が増えていて欲しかった。




 実験を繰り返す日々が続いたある日、自室に戻ると、ミワさんの姿を見つける。


「ミワさん!」


「おはよ。サツキちゃん」


 会って話す機会はそう多いわけでもない。連れてくる場に本人も加わっていたこともあり、この閉鎖環境での顔見知りとして、少ない仕事の合間を縫って訪れているのだと思われる。

 博士の秘書役を買っていたが、一緒に訪れていたのも最初の数日だけだった。


「体は大丈夫?」


「元気ですよ。ミワさんの方こそ、どうですか?」


「元気も元気」


「施設を出歩いてもあまり会えませんし、色々忙しそうな様子なので」


「一応、みんなの指導役だし。外の出回りもあるから、そう見えるのかもね」


 雑談の誘いに乗る形で、自分も椅子に着く。


「サツキこそ、実際のところはどうなの? 食が細いって聞いているけど?」


「たぶん、ここだと運動量が少ないので、意識的に減ってしまうんだと思います」


「うーん、そっかぁ。まあそうだね。トレーニングルームに通う習慣でもなければ、中々お腹も空かないか」


「以前の施設は、戦う人たちと一緒でしたし、皆に合わせると量も増ましたから」


「なるほどねえ」


 体調管理をする医師からは栄養面での問題は指摘されていないが、実際、適正な食事量というのが分からない部分もある。

 成長期の体であるため極端な空腹を避けるといった具合である。


「でも今のサツキちゃんの負担は、それ以上だと思うけど」


「そうですか……」


「普通は、そう頻繁に力を使わないものだよ。攻撃だって好きに連発できるものではない。周辺被害を気にする部分もあるけど怪獣自体が強いから、できるだけ狙いを定めて効果的な一撃を狙おうとする」


 魔法少女としての力の使用を運動とするなら、食事を抜くという選択はできない。

 人によっては変身時間も短く、変身状態を長く維持するだけでも無視できない負荷はあるだろう。


「たしかに派手じゃないから影響は小さいように見えるけど、彼らが一度しか経験しないそれを個人で意図的に引き起こしているんだから、決して軽視していいものじゃない」


 普通の人間を怪獣を殺せるような力を連発できるような存在に変える。その現象を不完全でも再現している。日々の食糧事情を思えば全ての要因とは考えにくいが、対象個人に大きな影響を与えたとも言えなくない。


「……何か、他人から心配されると嬉しいですね」


「駄目だよ。誰も自分が一番大事なんだから、任せきりになったらお姉さん独占しちゃうよ」


「ミワさんなら良いですよ。そんな風に心配してくれる人が悪いことするはずないですし」


「ちぇっ、後半を言わなければ、私の物になっていたのに」


「冗談が過ぎます」


 いかにも残念そうな仕草を見せると、次には手招きがくる。

 素直に椅子を寄せると、抱き寄せられて頭を撫でられる。慣れない緊張を知られる気配もなく、見上げた時には、優しげな顔があった。


「ねえ、サツキちゃん。 ……そんなに早く力を失いたい?」


 思考に余裕はない。

 答えられないまま、こちらの静止に構わず撫でてくる相手の様子をうかがう。


「……いえ、そんなことは」


「何年も待ちたくないなら、今すぐだって方法はある。いつになるかも分からず、ひたすら能力を行使して力の消失を待つより、確実で安全な方法が」


 持ち出された話題は、あまりに信じがたい。 

 当人の意思で魔法少女の力を捨てられるなら、引退後の療養施設が存在していないだろう。

 半年ほどの軟禁、一変する生活への準備の意味もあるが、魔法少女という特異で危険な能力が薄れたと判断されるまでの検査期間があるのだ。


 個人に都合が良過ぎる話もそれだが、私に持ちかける理由は無い。


「派遣契約についても別に全てを強制するものじゃない。あくまで魔法少女でいる間に限ったもので、そういった条文は盛り込まれていたよね? 期間の途中だからといって、誰かの迷惑になるとは考えないでいいんだよ?」


 契約者として話し合いの場にも立ち合っている。

 個人的な保護を受けていた分、役立ちたいとも思っていた。能力が研究に適するなら断る理由もなく、この施設での待遇も良ければ派遣への同意は正解だった。


 相手の話題が、自分に当てはまることはない。


「すぐに追い出されるには、お金の不安があるって言うなら、そのくらいは私も負担できる」


「ミワさんが負担するものでは、ありませんよね?」


「そうかな?」


 頭にあった手が遠ざけられて、先ほどから変わらない相手の表情を今度は正視する。


「それに、まだ何もやり遂げていないんです。このまま半端に諦めてしまうのは嫌なんです」


「そう、……それがサツキの覚悟なんだ」


 見つめ返して頷くと、短く謝られる。

 誤解が解消されて助かった。


「そっか。じゃあ、今からお姉さんの血を飲みしましょうね」


「へ?」


「診断結果、見ているでしょ? 今の勢いで力が弱まれば、たぶん数か月も待たずに変身できなくなる」


 たしかに変身を保てなくなるのは困る。


 派遣の際、責任者の間で異例な事情に配慮するとは約束されたが、どこまで実情を共有されているかは不明だ。さすがに大勢の監視下で年端の少女が成人男性と入れ替わってしまうような事態には混乱が生じる。利用価値の消失で直後に施設を追い出されるとしても、自分としては経験したくない。


「さっき言ったよね。まだ諦められないって」


「それとこれとは違います。なんで血なんですか」


「なんでって、そういう記録はあったし、私、料理下手だから」


 意外とも言えない個性が自白されるものの、本題とは関係ない。


「そもそも、ミワさんが自ら行う前提なんですか?」


「私のいない間に改善してくれるとは限らないでしょ」


「そこは診断結果を待つとか……」


「忙しいから頃合いをみて確かめるなんて待っていられない」


「あーも、こーも、駄目です」


 確かに誰とも知らない血を飲むのは抵抗がある。魔法少女でもない研究員が説明してこないだけ一定の配慮があるかもしれない。


 だが、他にも手段はあるだろう。

 養殖されているという怪獣をそのまま食べる方が、まだ許容できる。


「本当に駄目なの? それとも同じ年頃の若い血だけしか嫌とか?」


「血を飲むこと自体、変だと思いますよね?」


「そう? 私は見てみたいし。血を吸われるくらいは、ほら、日常的だと思わない?」


「私は蚊ですか!」


 言い訳の種も尽きる。


 直前までの説得が、全て血を飲ませたいがために行われたことだなんて誰も予想しない。

 確かに言った。諦めないし、今力を失うのも嫌だと。


 だからといって、血の提供者、それも説得者本人の前で血を飲ませることはない。

 これが実験途中に力が失われることを危惧したものでなければ、やっていられない。


「こんなことになるなら、しっかり運動して食事します」


「いい子いい子。お姉さんも嬉しいよ。さつきが元気になってくれて。てっきり食事に怪獣の肉が混ざっていると知って食が細くなったのかと思ったから」


「そういう話題は、とっくに勉強済みです」


 対人研究では入手も簡単なのか。部屋の収納には医療用の洗浄布がなぜか入っており、取り出されて坦々と準備を進めていたる相手を全力で止める。


 空容器と抗凝固薬が差し出されたことに安心できる要素はなかった。




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