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この施設は研究を主軸としており、怪獣の出現率が低い地域に所在する。
怪獣への対抗戦力も最小限で、生活範囲まで違うとなると出会いも限られる。建物を渡って会いに向かわなければ、見かけることもない。
そのおかげで自室から一番近い第二食堂は、研究用に集められた面々とそれに関係する職員が利用している。
居住範囲のわりに小さな食堂のさらに少ない利用率と、対して聞こえる厨房の忙しさは自分の疑問を早期に解消してくれた。
通路で見かけるのが職員ばかりだとしても、自分の暮らす建物は空室ばかりではない。
厨房で作られた料理は、職員の手で一部の個室に届けられる。
話し相手の部屋に招かれてみると、個室内にシャワー室まで発見した。趣味、個性ではない。生存に関わる設備を備えた個室は介護施設さながらの環境と言える。
直接話題にはしないが、同じ建物に暮らしながら出会う機会さえない一部は、行動さえ難しい状態にあるのではないだろうか。能力を取りそろえただけではない。研究のために一時的な行動制限があるのではなく、自身の意思では行動できない者が運ばれている。
この施設へ来るまで自分が見てきた彼らは、現役で怪獣と戦ってたり、そうでなくても社会参加に将来性を持っていた。
全ての人間が活躍できるわけではないとも理解している。
個々の能力が必ずしも有用なものであるとは限らず、魔法少女が特定の組織だけで管理されるなら、どこかの施設では自分が考えもしない者たちが集められていることになる。
まだ研究用という名目もあって割合も限られているが、治療専門の施設では過酷な光景が広がっているのかもしれない。
「君は学園出身でないから、こういう噂は聞かなかったのだろう」
朝の診断に現れた今城博士は、詳しい答えを返してくれた。
「降って湧いたような力だ。未だ原理は未解明に近く、それこそ現状では人類が世代を経て調整してきたものを一身で浴びているようなものだ」
魔法少女の運用が未だ不安定であること。
それは決して社会において異常でもなく、至極当たり前の話なのだろう。
「個性豊かと言ってしまえるが際限も定かになっていない。能力によっては、周辺どころか本人も傷つくことにしかならず、変身自体を禁じられた子もいる。……この辺りは教育過程の変更で少しは改善されたようだがね」
通路を担架で運ばれていく者たちも、病室前の名札が示す誰かも、同じ魔法少女なのだ。
何の因果で違いが生まれるかも教わらないまま、覚悟だけを求められた。同意を経て魔法少女になるとしても、全ての結果に納得できるとは思えない。
「そんな彼らの復帰方法を模索するのも、我々の仕事になっている」
唯一と言っていい怪獣への対抗手段であるため、観察程度の研究でも費用がいきわたる。同様に運用方法の改良のためという遠い理由で、ここで暮らす魔法少女には報酬が配られている。
これを悲劇的と思える自分は、未だに魔法少女に希望や憧れを抱いているのだ。怪獣と戦うのが魔法少女の正しい役割だと、目の前の現実を内心では認めることができていない。
「そもそも魔法少女になることさえ確実ではない。魔法少女になるための肉の採取も、近年になって、現役の魔法少女を含めた何人かが行方不明になっている。従来までの方式も大きく改めることになった」
実験の合間に色々な質問してみても、博士は答えを隠さない。
体調確認の最中でも、話題に関する資料は持ち合わせもない中で、言葉を尽くしてもらっている。
おそらく、言葉でしか伝えられない情報もある。
数名という犠牲者で落ち着いているために部外秘で片付けられた。情報規制が行われているなら、資料も自分の元に届くことはない。魔法少女だろうと職員でも研究者でもない部外者だ。
こちらの興味を的確に突いている。
おかげで情報を飲み込むために、軽い相槌しか返せない。
「加賀君だったかね。彼女の恩師も原因解消に急いでいる。無関係な君に告げるようなことはしなかったみたいだが、本心ではこの研究を一番に確立させたいと考えたはずだ」
「加賀主任の恩師ですか?」
「ああ。前任が飛んだことで、教育長を任されることになった。別の部門から招いた珍しい人事だ」
数少ない魔法少女を失うことは、きっと重大な失態になりうる。戦闘中の負傷でもない、意図しない原因となると運用目的にも沿っていない。
それでも従来の方式なんて表現をするくらい保守が続いてきたのだ。前任の人にとって時機が悪かったとしかいえない。
「魔法少女の運用に欠かせない。人材の確保の段階に重大な欠陥が見つかった。これまでの手法に頼り切りとはいかなくなり、それこそ魔法少女を生み出すという、ほとんど手付かず領域に踏み込まなければならない……」
ここで説明に間が置かれる。
「そこにきて君の能力が研究の足がかりになる」
「私の能力では、魔法……、怪獣対策としての運用には支障がありませんか?」
「それでいい。最初から完成されていれば流用にしかならない。たとえ既存の採用枠を奪ったところで可能な実験は限られる。独立した手法を見つけなければ基礎検証すら行えない」
ただでさえ少ない魔法少女は研究用に確保するのも難しい。
何かしら運用上の欠陥がなければ、という条件なら自分も当てはまる。実際、即時運用ができる能力なら研究所に長々と収容できないだろう。
「仮に、君の能力が教育部が扱うモノと同質だった場合、十年足らずの期限の内に、君と同質の魔法少女を生み出すしかなくなる。もちろん興味が湧くのは確かだが、原理そのものに踏み込む暇は与えられない」
たとえ他者を魔法少女にできる自分でも、切り出した血肉には何の効果も含まれていなかった。
そこには安心できる。いくら貢献できるとしても、切り売りされるのは耐えられない気がする。
過大な表現だ。
管理外で魔法少女になった者は自分以外にもいる。最初に現れた魔法少女などは、間違いなくそれだ。それらの例に混ざるように、自分の検査情報も研究の礎になる。
可能性を探っているという話は最初から聞かされていた。
間違っても、怪獣に殺させて魔法少女になるなんて信頼性に欠ける方式は選ばれない。自分と同じ方法で生まれた魔法少女も過去にいるだろう。
「私の能力を調べることで、不都合な能力を持ってしまう人も少なくなる」
「絶対ではない。魔法少女の成り立ちを知ることで、防げる問題もあるかもしれないということだ」
この派遣中の作業といえば、魔法少女を生み出す光球を消費分だけ作り直すこと。直接、人を対象とした実験は最初の一度だけであり、予定の急な変更もなければ相手側の実験は順調に進んでいるのだろう。
今のままでも貢献していると言える。
実験サンプルを提供する間は不満も言われないはずだ。
現状でも問題ない。
ただ、自分が生きていく。その限りにおいて。
「私の能力は魔法少女を増やす以外にも、彼らの基礎的な能力を補うものでもある……」
「そうだね」
「もしも、能力に身体が追いついていない人がいて、私の能力で多少の改善できるなら、……それは良いことだと思いませんか?」
「君が許してくれるなら……。彼らの同意をもって場を整えることは可能だ」
魔法少女は希少で、運用する人数に余裕がないことで、怪獣の対処に遅れを生んでいる部分もある。社会の維持に必要な活躍ができているとしても、余裕が少なければ、いつか破綻する可能性もある。
限られた人数枠に合わせて人材を厳選するしかない現状を改善する。
それだけでも良かった。
ただ、自分の間近にいるのは、魔法少女でありながら能力を活かす手段も与えられていない者たちだ。
能力を出し惜しみする理由もない。
「研究として行うだけの価値はありますか?」
「あるとも」
予定に加えよう、と博士は言った。
少し長引いた雑談の最後に、感謝を告げる。




