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日課として朝になれば携帯端末から公開情報を調べる。
自分が物心つく頃には既に社会の当たり前となっていていた。
視聴者が集まりやすい食事の時間帯にはテレビ報道でも必ず伝えられており、天気予報に並ぶそれは、同じく地理情報と連動した情報であり、多くは基本色を薄い赤として、段階的な色分けにより、地域を白から黒に近い濃赤で表現する。
日々移り変わる色合いに確かな地域差があると知られてからは、土地の評価にも大きな影響を及ぼしていた。
軍人を辞した現在は入手できる情報は精度に欠けるものだが、それでも一般人としては十分に足りる。
分刻みの精度も、危険地域の明確な予想も、さらには被害の傾向さえ判断できる正確性も、長年の研究で確立された技術であり、国民に避難勧告を行う上で重要になりつつ、少ない対抗戦力の派遣に不可欠な情報となっている。
とはいえ、過分な情報を与えて混乱を増やす必要もなく、被害の影響をリアルタイムで報じることはあっても、直接的な情報は積極的に省かれた。
日常生活にどれほど影響が出るのか、ただ、それだけで良い。
住居の移転が必要なのか、避難の有無に最寄りの避難経路は、交通機関への影響は。
実害こそ生じるものの、一般人を直接的被害から切り離すことに成功した稀有な例であり、自然災害の分類おいて、その危険性と被害規模に対する適切な処置を法整備を含めて最も早く施行できた例でもある。
性質上、そうする他になかったのも事実であり、今では幼少教育にも取り入れられて防災観念を高める一因となっていた。
それは被害性質こそ獣害に似ているが、まずもって既存の生物にあてはまらないことから獣害への分類は取り置かれた。
出現個体の形や大きさに多様性がありながら、その生態は未だ解明されず、ただ一貫した特性を持つことから一つのまとまりとして区別される。とりわけ強力な個体の出現時には白霧の発生が前兆になることから、彼ら脅威存在は、霧の怪獣と呼ばれるようになった。
先触れのように発生する霧に見える球状の異常現象は、球状の霧をまとった怪獣が地中から昇ってくるという、初めて解説書に載った想像図により一般にも理解が広まる。基本的に霧が視認可能な状態になるより先に避難が行われているが、水を媒介とするわけでもない白霧こそ、現在の観測装置においての計測対象となっていた。
彼ら霧の怪獣の多くが、従来兵器での排除が不可能だと早期に判明したのは、現在においても唯一となる対抗戦力による劇的な成果と、それまでに築き上げた負の遺産によるものがある。
その対抗戦力は、身体的特徴と容姿から、魔法少女と呼ばれるようになった。
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地下通路の照明が進路を奥まで照らしつつも、振動によって頭上のそれが明滅する。
「大丈夫。私もいるから一緒に歩こう」
白髪の少女は身をかがめて、足を止めた幼い少年と目を合わせる。繋いだ手は離さないまま、残ったもう一方の手が少年の頭をなでる。
これで普段着を身に着けていれば姉弟とも見間違えられる。人見知りのない仕草で非常時の避難経路を二人は進んだ。
少年を抱きしめる母親。
感謝の言葉を声が枯れるほど重ねて、子供の生存を喜ぶ。
慣れない作り笑いを返して少女は、母子と別れる。
地下シェルターで過ごす内には怪獣被害は広がり、いつしか少女が少年と出会った集合住宅も破壊範囲に入る。それは母親にとって一切の希望が絶たれたことに等しく、シェルター間の連絡で生存報告が成された時には、少女がながめた再会と等しい激しい動揺があったことだろう。
地下シェルターへの到着後、職員の案内を受けて保護した少年の迷子の届け出を行い、血縁関係は無くても親の到着まで一緒にいることを伝えて、シェルター内の通路に座り込んだ。
魔法少女ってどう思う?
――僕もなりたい!
そっか、ありがと。
――いつか、お姉さんみたいに怪獣を退治したい。
う、うん。みんなが怪我しないよう私も頑張るね。
少女は、少年が思ったような魔法少女ではないと自覚している。
それでも怪獣の脅威に多少抗える点で弱いと答えられず、あいまいな答えを返した。本名も告げられないまま少年を見送り、後には自身に迫った問題と向き合うしかなかった。
幸いにして、シェルターに留まれば数日の生活は保障される。
性別不問の衣服を貰った後には目立たない服装に着替えていた。元着た衣装が肌を離れて数秒の内に散って消えたことで、己が身に生じた異常の終わりも意識する。
空になった紙袋を隣に、被災地域が知らされる中、自身が受けられない帰宅困難者への説明も聞き流していた。
避難が解かれた翌日になると、帰宅を進める人は増えた。
到着時に最初に案内してくれた職員が何度も様子を見にきてくれたのも、演じていた陽気が薄れたためで、心配されて心理カウンリングを受けても、答えられる質問には否定の言葉ばかり返していた。
頼み込んで二日分の保存食を貰い、後にはシェルターを離れた。
侵入制限の解除された地域を目的もなく歩き、昼夜が過ぎた辺りで目についた路地に潜る。尽きない体力に操られた足を止めて壁へと寄りかかる。
どうか自身の苦悩が終わるように、
地面に座り込めば、汚れたキーホルダーを両手に包み、顔の前で祈った。