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「離れることになって、さみしくない?」


「少しさみしいです」


 運転席の事務的なやりとり以外で、初めて言葉を聞く。


「これからは、行く先の研究所で暮らすことになるんですよね?」


「そうだね」


 話しかけてきた隣の女性は、返事に驚いた次には笑みを戻した。


 隣の女性はともかく、後部座席にいる今城という男の名前には覚えがある。

 研究所に貸し出されると知って簡単に調べてみた。公表されている情報だけでも各地の研究所やその責任者の名前、一部建物の外観画像くらいは入手できた。


 派遣先を決める上で重要な点といえば、技術的な面が考慮されているか、だろう。


 場所が違えば、設置された機材や研究方針も異なる。元いた施設が既存社会への活用手段を探る傾向があったように、魔法少女の研究にも細かく枝分かれがある。


 今回の場合では、男の自己推薦的な行動で信頼できてしまう。

 知人に対する嫌がらせでもなければ、男は自分に対して強引に連れ出すだけの価値を見出したことになる。自分が持つ能力は、男の施設で研究できる類のモノなのだろう。


 研究のための滞在が長期になると移動の問題も後回しだ。

 研究施設の中では三番目に近い、とはいえ都市間の交通網も整った現代では少々の距離なら誤差だ。移動も半日といったところ。


「今城博士とお呼びしてよろしいでしょうか?」


「主任でも博士でも、何とでも呼んでくれたまえ」


「……では今城博士と」


 照明は後方の座席にも十分な光を届けている。

 足りない座高で覗き込もうとして立てた物音にも、しっかり気付かれている。


「私の扱いは、契約書の通りと思って良いのですか?」


「そうだね。募集期間から選考まで多少伸びた形になるが、契約延長の見込みは無い。最短の期日で帰ることになると思ってくれていい」


 今城博士の手にある端末が映していたのは、日報か、あるいは業務連絡のような文章の並びだ。長い移動時間に仕事の手を完全に止めるのも難しいらしい。


「特別な待遇はできないが、生活環境についても他の魔法少女と変わらない。居住区域であれば動き回るのも自由だ。時間が余って困るようなら、それ専門の医師にも相談できる。……暮らしぶりに疑問があるなら、隣のミワ君が答えてくれるだろう」


「これから、よろしくお願いします」


 言い切った博士は、こちらの横を示した。

 指示通りに目を向けて隣からの厚い視線を知る。


「そう言えば、まだ、挨拶していなかったよね」


「はい。えと、私は大宮サツキです」


「よろしく、サツキちゃん。私は陶留ミワ。ミワ姉さんでいいよ」


 陶留ミワ。隣の女性はそう名乗る。

 会議室の陰であくびをしていた相手だが、乗車中の今でも眠る気配は見せていない。気楽な様子は常日頃なのか、いざ紹介されてみると姉さん呼びでも納得できてしまえた。


 とはいえ、外見から同年代を意識していまうため、お姉さん呼びは断っておく。


「お姉さん呼びだと、ぶしつけなので、ミワさんと呼んでもいいですか?」


「いいよー」


「……ミワ君も、謙虚さを見習ってほしいものだ」


「お昼はたくさん食べていいよ。回らないお寿司にしよっか? ぎりぎり経費だよね」


「無理だ。私費で出す」


「おお、何でもオーケーだって。牧草肉のお重とか食べてみない?」


 休憩の間に逃走の気配も見せなければ、ミワさんからの対応もやさしい。新しい施設での挨拶回りのためにと手荷物を増やしたことにも笑みをいただいた。


 到着したのは夕方頃。


 車両から降りると、年期の入った建物を目にする。

 地面のタイル舗装に飽きない、芝と生垣が適度に設置された施設外観は、間違いなく自分で調べた情報にあったものだ。


 魔法技研と呼ばれる内の一つ。こちらは敷地を囲う柵もなければ、遠く見える山々によって開放感がある。設計時期は古く、おそらく、土地周辺でも高度制限を厳しく強いた初期の景観が残された。

 怪獣の出現が皆無という地域でも、都市開発から一歩外れる。元々地理的理由から高層建築が好まれず、通信塔をのぞけば空一色。車両がなければ移動に困りそうな途中の景色は、地下の避難路も建物毎に設置されている程度なのかもしれない。


 出迎えは最小限で、今城博士と建物の入口奥で出くわした少々の研究員と仕事の会話を交わす。建物内のラウンジにたどり着くと、こちらの対応を他に預けて通路へ離れていった。


 休憩場所らしい椅子や給水機が置かれた場所には、魔法少女らしき若い姿が幾人ほど。こちらを見て、次にミワさんの方を見て駆け寄る。


「ほら、まだ仕事だから、散った散った」


 近い頭を撫でながら新しい住民の到着を告げるのに続いて、自分も名前を紹介する。地元紹介にとお菓子を配った後は、ラウンジにいた面々を従えたミワさんから施設の案内を受ける。


「少ないと思った?」


「はい。ラウンジも思ったより広くなかったので」


「ここは来客用だからね」


 研究員まで引き連れた小さな行列になり、通路を進んで出くわす人々の仕事風景を見る。


 魔法少女の在籍数は、違わないどころか現施設の方が多く想定されている。別棟も多ければ生活空間まで区分されているのか、正面施設に留まるような者は少ないらしい。

 

「ここが今日から過ごす部屋だよ」


 歩きながらの案内で、真っ先に着いたのは自分に与えられる個室だ。

 夕食前で就寝準備も近い。真っ先に案内してもらわないと困っていただろう。


 個室が片側に並ぶ通路は幅広で扉も大きく、入室してすぐ見つけたベッドは機構付きだが移動式のそれ。案内の一人が広いと感想を語ったため、建物によって個室に差があることも知った。

 施設の経営方針からして、魔法少女の活用というより能力研究に向けているのだろう。


「出歩かない子も割合多いから、全体的に静かかもね」


 食堂との距離は近い。多様な娯楽室の説明が入ったところで、生活に対する疑問もひときり終わる。

 夕食には見知った料理を頼み、異なる味付けを楽んだ。


 施設が違っても設備一式は人間用のもので、浴室についても利用に困らない。


 個人スペースの手前で分かれて衣服を脱ぎ去り、今日の疲れを洗い流すように温水を浴びている。そんな途中に声が届く。


「困っていることない?」


「ミワさん!?」


 扉一つ。

 更衣場からの声に慌てて返事をして、侵入してこない様子に一息つく。


「もう済ませたんですか?」


「サツキより髪が少ないから、半分くらいで済むよ」


「……あまり関係ないと思いますけど」


 相手に聞こえない感想を告げた後で、待たせることへ謝罪を返す。

 幸い、自分が更衣場に出たときには姿は見当たらず、外の共有スペースで水を飲む様子があった。


 使用済みのリネン類を籠に落として、最低限の道具だけ抱えて隣の椅子に着く。

 利用した浴室の方では早くも換気の音が聞こえており、自分も髪を乾かすために布で拭うことから始めた。


「ミワさんも、魔法少女なんですよね?」


「そうだよ。前線帰りの超熟練。活動年数だと最高齢に近いかな」


 さすがに一桁の年齢では軍に採用されない。

 目安二十後半といったところか、外見的な要素だけでも魔法少女として長く活動していると判断できる。


「やっぱり前線から戻ってくる場合もあるんですね」


「力が残っている内だと珍しいかもね。いちおう、軍属も任意で辞めれられはするんだよ」


 そもそも、成人を過ぎたあたりの人は以前の施設では見かけなかった。


「以前の施設に再び所属ということにはなりませんよね?」


「基本的に若い子を育てる場所だから、引退直前の人が立ち寄るわけにもいかない。年数が立てば職員側の顔触れも変わるし、何より前線だと配置換えも多いから故郷なんて意識も忘れてしまうかな」


 魔法少女の候補生の段階で大半は出生地から離されている。加えて、施設に対して思い入れがあったとしても、戻ってくる場所とはいかないようだ。


 能力次第だが、魔法少女の最終的な活動場所は前線になる。

 アズサの例を知って一時的な帰還は知っていたが、やはり同じ施設に戻されることは少ないらしい。


「終の棲家じゃないけど、社会復帰のための専用施設があるから、そちらに送られていくのかな。できていたことができなくなる苦労は大きいらしいよ」


 いずれ力を失う。

 魔法少女でなくなったからといって即座に解放するわけにもいかない。前線に預けておくわけにもいかず、事務処理をするためにも一括で任される場所が用意されているようだ。


 さすがに魔法少女の辞め方は必修事項に入っていない。

 存在くらいは予想できるが、まずは能力を得たことで変わる環境に目が向いてしまう。引退時の書類の存在はそれとなく示されていたくらいの印象だ。


「部分的に受け入れる場所はある。ここみたいに護衛役として雇って、普段は教官代わりに使ったりね」


 ミワさんは少ない例だ。

 十分な力が残っている内に前線から帰還する例は珍しく、同じ立場の人間がいるか聞いてみると、Noと答えがきた。


「花形じゃないから楽しいことは言えないけど、前線のことは話せるよ」


「たくさん聞いてみたいです」


「また時間がある時にね。明日は検査で忙しくなるから今日は早く眠った方がいい」


 いつしかドライヤーも送風だけになり、髪の根本を順々に乾かされる間に、みわさんの手によって髪を撫でられている。

 鏡の方を背にしたおかげで直視は防げたが、この姿で大の大人に触れられているのも、それなりに緊張する。


「さみしいなら、一緒に寝てあげよっか?」


「恥ずかしいので、それは無しの方向でお願いします」


 顔の近くで告げられた提案には、自責を含めて断った。




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