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025




 会議用マイクスピーカーを中央に置く、詰めても六人掛けという会議室の席に着いた。


 遅れて入室した護衛の女性は、壁寄りにある予備の椅子に座り、暇そうに視線を室内に泳がせる。直前まで持っていた鞄も男の隣の鞄置きに収め、今では気楽そうに欠伸を見せている。

 お茶出しされた際には陽気に感謝を告げていた。


 安住さんが伸ばした腕は、こちらの小脇で止まる。


 外見は魔法少女だが中身は若干年下の成人男性だ。単なる気の間違いでも演技として受け入れればいい。

 軽く手を繋いで頷きを返すと、最後は頭を撫でられた。


「ところで、加賀君は元気かね?」


「はい。特別患うようなこともなく。昨年の報告会でもお会いしたと聞いていますが……」


「いやまあ、若い子は変化も早い。半年も会わなければ顔付きも変わってくるものだよ。君も同じ年になれば分かると思う」


「その年まで続けようと思っても、中々できないことかと」


「そう褒められると悪い気はしないね。とはいえ、先駆者と言われても、現場に留まりたい一心で続けてきただけだから、短期に成果を上げて引退していった皆には負けるよ」


 仕事上の付き合いもあって、お互い顔見知りらしい。


「あまり年は取りたくないものだ。役職ばかり大きくなって、研究者としては前線から何歩か遠のいている。施設の経営まで任され今では書類仕事ばかり。……この辺りは君たちも実感しているだろうから、愚痴を言い合えるくらい蓄念もあるんじゃないかな」


「御冗談を、私どもは、まだまだ若輩ではありませんか?」


「そうかね。老い先短い身、話し相手が増えてくれたら良かったんだが残念だ」


 男の話に安住さんが相槌を打つ。 


「こっちの方は困りものだよ? いくら感謝されているとはいえ、近い齢の者は誰も彼もまとめ役は嫌だってね。こういうのは若い内から良い指導があってこそなんだろう。君らの師には敵わないよ」


「直接伝えていただければ、師も大喜びすると思います」


「それが残念なことに仲は悪い。昔から陰湿だって嫌われてね。直接告げても嫌味としか捉えてくれない。君たちのような逞しい弟子が集まってくるのも人徳なんだろう」


 邪魔しないように静かに待つ中、男は喉を潤すようにお茶に口をつける。


「ま、老人の苦労を語って長居するのも駄目だ。そろそろ本題に移ろう」


「わかりました。……問題があると聞きましたが、詳しく教えていただけませんか?」


 出し惜しみも見られず、男は言葉を紡いだ。


「見たところ問題無いようだけどね。上の方から保護義務違反の疑いを持たれている」


「……保護義務違反ですか」


「まあ、状況が状況だから、疑う方も疑う方だよ。偶然見つけた魔法少女が能力不明で登録を遅らせていたところ、判明した能力も類を見ないものだった。出すべきものは提出しているんだから、疑ってくれなくても良いと思うのだがね」


 会話中に飛び出た用語は、耳当たりが悪い。

 およそ、魔法少女に関わる内容だが、自分の置かれた状況を思い付いてしまう。


 男が訪れた時点で良い状況でもなく、当然ながら安住さんの表情も固い。

 例外を受け入れるためには、規則外の手順を行うしかなかった。自分から見れば、生活を送る上で必要な手順だとしても、中には疑惑を強める内部処理も存在するかもしれない。


「サツキ君に対しては、少々省きすぎた内容かな?」


 話題の対象となって、男の視線も届く。

 少女の皮をかぶった今の自分は、表情を変えるのも苦労しない。


「君も不意に連れてこられたが、しっかり対応してくれたのだろう。本人に不満が無いのは一番だ」


 男の物腰は柔らかく思える。

 未成年は確実だろう少女の要望も聞けば、施設運営と無関係であっても状況説明を欠かさない。


「……だけどね、人間一人を預かることには責任が伴う。国民を健やかに保てるよう国が制度を敷く。一人一人を預かる者として、我々職員も組織から規律を求められる。君たちの内に不遇を強いられる者がいないか問題が起こらないためにも。仮に起きた場合でも組織として賠償を行うためにもね」


 だが、実際に行っていることは、こちらの生活を脅かすことだ。

 責められるべきは性別問題を回避しようとした自分だが、上からの命令という話が事実でも、男への警戒は残している。


「……面倒でも必要なことなんだ。所属する前に、面倒でも契約書や条文を読むよう言われただろう? 問題が起きなければ何をしても良いわけではない。正しく手続きが行われていることも重要で、正常な運用のために君たちにも協力が求められる」


 丁寧な説明に礼を返すと、男は視線を正面に戻した。


「それで実際、どのような対処が取られるとお考えでしょうか?」


 男は横にある鞄から書類を取り出してくる。


 いくつかに束止めされた数枚の書類は一度に読むには文章量が多い。体裁の決まった書類であれば、日頃から扱っている者は必要事項だけ読み進めていくのだろう。


 内、表にある一束がこちら側に差し出された。


「今回の件に関しては、対象者の一時的な身柄の保護と観察記録の全提出だ。詳細記録を見た上で再検討して、問題なしと判断されれば、これまで通り。保護についても解消される」


 男の話からすると既に決定された話らしい。


 移送は避けられないか。

 短期的で済むなら問題ないが、自分の事情を明かす場合でも、身動きが取れる形でければ少々問題になる。


「身柄の保護というと移送する先について、どこにも記載されていないのですが……」


「それでなんだがね。私の方で預かりたいと思っている」


 安住さんの指摘に、男が次の束を渡す。


「そのために、これを受け取ってもらいたい」


「……まだ、決議は通されていないはずです」


「いや、通るよ」


「そういう話ですか」


「問題なかった場合は当然、契約は正式なものとして契約料も支払う」


 ここまで説明されれば専門外の自分でも確信できる。

 最初から相手の目的は、こちらの身柄の確保だ。上からの疑惑が事実だとしても、今話している男が働きかけた可能性がある。


 そうまでして確保したい能力と思われている。

 もちろん自分でも便利と思うが、期待だけで極端な行動に走られると、相手側の推測が外れていた場合の反動が怖い。


「伝言役を買って出たことで色々と便宜を図ってもらった。派遣紹介に関して最優先で割り込ませてもらうという形だ。この通り、署名もある」


 加賀主任の署名があったなら、書類の存在を事前に知らされていないはずがない。


 どうやら派遣の決定権は、加賀主任だけが持つわけではないらしい。


 要請のあった中から選ぶという方針だったが、条件さえ整えれば施設長より上の権限で色々間に合うようだ。施設の運営自体に疑惑がある仮定で、施設長に決定権を預けるわけにいかないのも妥当ではある。


「処分の執行日時は、今日付けですか……」


「審議が残る内に保護対象が同じ施設に留まるのも、変な話だからね」


 こうして相手が来ている以上、何もしないまま帰る選択もない。

 横暴と言いたいところだが、訴える先もないだろう。


 手に負えない問題が起きた時点で、取れる方策も限られる。

 このままでは施設の皆に負担だけ与えた形になるが仕方がない。自分も責められたくないが、他の誰の責任でもないのだ。


「安住さん。私は行きます」


「ですが、これは……」


 これでも外見年齢より長く生きている。


 最初にしても、主任に見抜かれなければ力を失うまで隠し通すつもりだったのだ。暮らす場所を移すくらい覚悟もいらない。

 この場で去るとしても、自分は匿われておきながら面倒を残していく存在になるというだけ。自分で言えずに安住さんに謝られるよりずっと良い。


「離れるといっても連絡できないわけではなさそうなので、お叱りの言葉は帰ってくる時まで取り置きしておいてください」


 持ち物は最低限でいい。

 自室で出立の準備を済ませてくると、正面入り口には騒がしい声があった。


「サツキ!」


 近づいてきた相手に正面から両肩をつかまれる。

 普段より込もった力に、こちらの体が揺れる。


「ごめん駄目みたい。謝らないといけないね」


「なあ、嫌なんだろ。明日には主任も戻ってくる。どうにかなるかもしれないだろ」


「嫌だよ。だけど、今以上に迷惑はかけられない」


 先の事と言ったばかりの、これだ。

 突然のことで、アイリが不満を覚えるのもわかる。ここまで心配してもらえるのを何より嬉しく思うからこそ、個人的な問題を大きくしたくない。


 正直、施設を離れると決めた今でも、自分と関わった面々に影響が無いとは断言できない。追及の次第では責任者に罰則が科される可能性も残されている。

 事情を隠したままでは、一方的に命令されたように見えるのも申し訳ない。


「私は大丈夫。状況が落ち着いた頃には戻ってくるから」


 離れることへの謝罪に抱きしめると、やはり小さい自分の身長を知る。


 入口の人だかりもいくらか減っている。こちらの到着を待つ二人の元に向かうと、最後まで留めようとしたあいりもあずさによって防がれた。


「必ず連れ戻しますから」


「ゆっくりで良いので、過労なんてならないでくださいね」


 一番近くにいる安住さんを見た後、みんなの方に身体を向ける。


「急な話で、仕事の役割分担も抜け出すことになってすみません。戻ってきた時には、また仲良くしてもらえると嬉しいです」


 見知った仲間に背を向けて、施設を去る。


 待機していた車両では、助手席にも人を見つけた。

 乗り込む際には護衛役の女性が隣になり、窓から見送る姿を見た時には車も出発した。




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