024
日常が過ぎる。
午前には講義があり、日中の労働も終われば、自由時間が残る。怪獣退治に向かう出撃組に比べれば、予定が外れることもない健康的な生活だ。
「いまから急に、計画頓挫にならないかな」
「そんなこと言ったら悪いよ。今日のために準備してもらったんだから」
所属人数に対して広い敷地は、生活を一か所で完結させるためだ。
完全に隔離される代わりとして各々の趣味が叶う空間を提供する。おかげで清掃作業も本格的で扱う道具も多い……。
図書室などに限らず、必要がなくても静かな場所が生まれる。
外廊下もそのひとつだ。
風を感じながらも日照りから一歩身を引く。
人目も気しなければ、講義を寝過ごしたあたりで職員が横切るくらいの静けさだろう。敷地の内向きにあれば遊歩道も近く、防災化の波に飲まれて少なくなった自然景観も公営施設では多く残されている。
ベンチに隣り合って座り、外を眺める。
持ち物と言えば飲み物くらい、日頃の講義さえ人によっては端末ひとつで済む。肩かけポーチに収まる重量は、魔法少女の身体性能には見合わないものだ。
「でもさ。承認されたら、サツキが居なくなるんだろ」
「それはそうだけど」
隣には既に仕事に復帰して病衣ではない姿がある。
あいりは、予定を知って今日一日はそばにいてくれるらしい。もちろん休憩時間に限られるが、他の仲間とは出会い頭に声かけをする程度であった。
定例会議の中での結果次第とはいえ、自分に能動的な行動が求められるのは派遣以降の話だ。
定例会議にしても、派遣の内容は経営陣も事前に目を通されて、組織としての決定が行われるだけだろう。承認を得た後に働くのは主任を中心とした職員面々であり、輸送から何まで他人任せの実態がある。
今日という日に、自分に特別何かが求められるわけではない。
「……そこまで心配されると、嬉しすぎて素直に悲しめないよ」
「サツキ、ええ子やー」
「ちょっ! アイリ、口調が変だよ」
「そんなことない。そんなことない」
傾いてきた半身を受け止め、そのまま抱擁を浴びる。
髪やら服の上やらは、相手からであれば、どうでもいい。満足してもらえた後には、しっかり解放されると思えば抵抗も薄れた。
改めて自分が男と思うと、気持ちを言葉だけで相手に伝える困難を実感する。社会通念というか一般認識の中では、性差を意識するしかない自分の演技は希薄に思われやすいだろう。
生活に支障でない程度とはいえ、身近な良例にならって改善すべきか悩むことにも慣れた。
アイリも変な真似はしない。
「戻ってくる時には能力も認められて、使い放題だよな」
「日用的に使えるものでもないけどね」
「強化というなら使わないわけないだろ。魔法少女に限っても危険が減るなら助かるぞ」
「アイリはまだ強化が続いているんだよね? それなら、ここにいる全員に使った後は、他の施設に送られてしまうかな」
「そこは何とか、効果を一時的なものに抑えて、ほら毎朝一回とかで施設に留まるように、だよ」
「調節できる自信ないよ」
効果が永続する保証はなく、一時的な場合でも自分が魔法少女でなくなった後には再びの強化はありえない。
「私がいない間に怪我されると怖いから、ずっと続いてほしい」
「そうだな」
現役の魔法少女を補強して、その分の金銭的な見返りをもらうというのが個人的には最善だ。
個人に大きく依存する体制は作られないため、自分が運用の心配をする必要は無い。能力の安全性を確認するという研究側の意図も、そのために魔法少女として生活を送るしかない現状も納得できる。今の魔法少女を嫌う理由だって持たない。
だから、個人的な希望を言うなら、魔法少女を失う際には遠い関係でいい。
無難が一番とはいえ、良い姿のまま去りたいというのも通俗だが強欲だ。責任を追及されるくらいは覚悟するが、所属によって恩恵があったということで批難に加減してほしいところだ。
都合よく進まないもので、自分の能力も詳しく調べない内には工夫もできない。
とはいえ、これまでの魔法少女は引退時期には力の減衰を実感してきたという。能力の減衰を自己判断できない自分でも何とか無難に辞めることができるかもしれない。
「面倒見てるくれるからって、言いなりになる義理は無いと思うけどな」
「少しくらい大人ぶらせてよ。出張料金が付くなら引退後の備えになるんだよ」
「そんなにカネカネ言ったら、金の方から叫んで逃げ出すかもな」
「捕まえるよう工夫するから大丈夫!」
こんな自分が気楽に言葉を交わせる。
全てを魔法少女のみの恩恵と決めつけるわけではないが、今の制度が成り立っているのは過去から現役までの貢献があるためだろう。
自分が知らないところで、死傷を避けられない日常があるのも知っている。
だからこそ、能力の活用を断る理由は無かった。
「あ、呼び出しみたい」
端末が鳴る。
通話に応じる直前、画面表示はメンターの安住さんを示した。
『――さつきさん。今どこにいますか?』
「安住さん? ……どこと言われても外出はしていませんし、第二棟の外廊下にいますけど」
前置きなしに居場所を問われて状況を疑う。
だが、直後に聞いた報告で警戒は強まった。
「予定にない来客ですか……」
目配せをして、アイリにも会話を知らせる。
他所属の研究職員が予約も無いまま門を訪れた。
静止させた検問では、正規の通行書が提示されたらしい。
事前の連絡があるべき施設の出入りを、予約の無い者が通る。本来、施設の責任者の許可を待つべきであり、それが事前連絡も無いとなると上位の命令に限られてくる。
施設長である加賀主任が不在である今、上の立場から命令が来るというのは悪い予感しかない。通行許可を出したのが、主任が向かった定例会議で顔を会わせるような相手であるなら、なおさら。
安住さんに求められたのは大勢のいる場所に来ること。目の届く場所に留まらなければならないほど、自分狙いの可能性が少なくないらしい。
通話は保ったまま、アイリと共に建物内に戻る。
安住さんが来客の対応に向かうと知って、自分も正面入り口の方に移動した。
職員の異様な動きに休憩時間の魔法少女たちも興味が向いたらしく、自分が着いた時には、邪魔にならない位置に寄り集まる姿を見つける。
そばを通り、一声かけて通話を止めると、気付いた安住からも近づいてきた。
「……サツキさん、良かった」
「そこまで悪い状況ですか……」
見つけただけで安心されてしまう。
返答も頷くだけ、表現を避けるほど悪い状況らしい。
「今は、会議に向かった二人と連絡が付きません」
主任も二佐もいない現状では、代理を任された安住さんが対応するしかない。
自分に関することなら、事情に深く関わる二人がいないのも深刻だった。
短く会話を終えて、自分は安住さんから離れる。
車両の到着を知った後には訪問者を見つけた。
老いた男と女性。
男の白衣は研究者のそれで間違いない。ひげは無く、灰に染まった短い髪。年季の入った表情は途中に何を見るでもなく、待ち構えた職員に向かっていた。
対して女性の方は外見が若い。三十あるかという程度だ。
全体を暗色系にして、ジャケットにショートパンツ、伸縮性のありそうな中着でどうにか肌の割合を抑えられているものの、仕事時の選択としては場違いな印象がある。
肩までに留めた髪の近く、笑みを含んだやや鋭い表情で魔法少女まで含めた一帯に視線を流している。
持っている赤茶の書類かばんは、色味から女性の持ち物には見えない。
「急な訪問で済まないね」
「何の御用でしょうか?」
安住さんと話をする老人、女性の方は護衛のようで会話に加わらない。
「いやぁ、ここの管理に少々問題があったみたいでね。その件を伝えに来たんだよ」
「でしたら、書面を送付する形で連絡していただいてもよろしかったのですが……」
「それだと、あまりに冷たいだろう? こう、面と向かって話すのも大事だと思うのだよ」
「左様でございますか」
この場を離れるような者はわずかで、施設の奥から届く普段の音には雑談を咎める言葉が混ざった。
「申し訳ございません。今は代理の者しかいないのです。私としても来訪の準備が至らないのは心苦しく、日を改めていただけると、もう少し整った形でお出迎えできると存じます」
「なに、気にしないとも」
「……と、おっしゃいますと?」
「急な訪問だったのは私も申し訳なく思っている。これでも施設を預かる身でね。中々予定も空かない、今日にしても上から命じられなければ私自ら訪れようとは思わなかったよ」
ここで男が周囲を見る。
「安住君と会ったのも久々だ。色々話したいこともあるが……、ここでは皆の邪魔になるだろう。格式ばった部屋は要らないから、ひとつ案内してくれるかな?」
「わかりました。今城研究主任」
あくまで運営側の問題と。
そう言い切り、男は会話の場所を求めた。
名前に次ぎ、示された役職は加賀主任と同等のものだろう。
「あの、すみません」
歩き出したところに近寄る。
自分の接近は護衛に防がれることなく、今城と呼ばれた男が振り向いた。
「君がサツキ君だね。ここの生活で困っていないかね?」
「はい。慣れない生活でも、みんなに助けてもらっています」
「そうか、それなら良いんだ」
相手が自分を認識した。
自身の管理下はともかく、他の施設で過ごす魔法少女まで覚えていられない。顔や名前が記録されているとしても用事もなければ確認する理由がない。
安住さんが警戒したように、自分を狙った可能性は高い。
「その、……お話というのは私に関わることでしょうか?」
「まあ、そうだね」
「話し合いの場に立ち入ることを、許していただけませんか?」
「君にも聞く権利はある。構わないとも。……いいね?」
男の頼みに、安住さんが従う。
正直、経営に関しては無知で会話に混ざれる自信もない。だが、自分の境遇の問題であるなら、最悪の場合でも安住さんに判断を押し付けることはしたくなかった。
歩みに並ぶと、護衛の女性が手振りで挨拶を見せた。




