023
今後の対応について具体的な話になると、話し手が主任に移った。
「というと、貸出ですか?」
「サツキさんを物に例えるなら、そうなります」
内容について資料は渡されない。
さすがに三日間の内に準備できるものではなく、一人に対する説明には不要だ。
魔法少女と施設管理者では見せられる資料も変わるだろう。
主任も自身の電子端末を机に置いて話している。
幸いにして説明は単純なもので、言葉を欠かさず記憶しようという覚悟は無駄に終わった。
「短期の派遣であれば、大元の書類はこちらが預かったままにできます。さつきさんの事情が外部に漏れにくく、なおかつ、移送先が滞在延長を求めても、契約更新を拒否して戻ってくることが可能になる」
魔法少女は教育、訓練、実戦と段階を経て所属施設が移る。
配属が変わることに対して本人には裁量が与えられていない。本来なら事前同意も不要だ。施設間を移送される場合でも書面上のやりとりにも魔法少女本人は関与しない。
「完全に所属を移してしまうより、相手側と強気に交渉できると思います。……まあ、書類上の手間というだけで結局、サツキさん本人の移動は免れませんが」
自分の場合はというと、状況次第では雇用契約書を改める必要が出てくる。
この施設の会計上では職員として登録してあり、完全に所属を移すとなるとその辺りの修正が求められる。魔法少女として登録しなおしても、継続して職員として扱われようとも、相手方に男であることが発覚してしまう。
とはいえ、今日の提案が順調に進むなら、自分に求められることは本当に覚悟だけになる。
「いくつか質問をしてもいいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「研究となると私の体も詳しく調べられますよね。私の事情が発覚した場合、皆さんも隠していた側として責任を追及されることになりませんか?」
直前までの説明は、あくまで自分に関することばかり。
欲しい情報であるのは事実だが、今後の処遇は内容通りで構わないとして、この方針に決定されたことには疑問があった。
「そうですね。文句くらいは言われるかもしれません。ですが、能力の調査というだけなら魔法少女以外の事情は無関係です。問題が起きた場合でも、私の方に連絡を回すことにして流出は抑えるつもりです」
方針は変わらず、研究目的だとしても男という事実を最後まで伏せる気らしい。
魔法少女でいる間は表面上なら女性になる。
検査上の不都合は少ないと勝手に予想している自分もいる。
実際、主目的は能力調査だ。
部外者にまで公表して性別の方を重視されてしまうと、研究継続の邪魔にならないとも限らない。結局、移される施設の方で発覚しても現状と似た対応をするだけなのかもしれない。
「書類の手間が増えるばかりで、施設としての旨みは少ないですよね?」
「そればかりは私の性格を責めます」
魔法少女を管理する義務があるとはいえ、今日までの生活費は施設が負担している。
「とはいえ今回は、人材交換でもありません。希少な能力を貸し出すわけですから、それなりの額を提示する予定です。研究側も無償で運ばれてくるより真剣になれますから、組織内の連携としては最良でしょう」
検査や生活データを差し出して、研究の補助となった分、強気の契約になる。
共同研究にはならないけれど、提供者として資金回収はできるようだ。
「サツキさんは否定的にならないんですね」
「施設を移されることについてですか?」
「ええ」
判明した能力が研究向きのものだった。
であるからには、研究できる環境に送られるのは必然だ。
「まあ、以前の職場も似たようなものでしたから覚悟はしてました。なにより、配慮してくれる相手に一方的な拒否は難しいです」
施設を移って連絡手段が限られてくるのは問題だが、元は自分で対処すべき事柄だ。
「さすがに自分でも難しいと理解してます。能力があると分かった以上、活用される形で所属するのは本望ですから。これまで活躍できなかった分、貢献できる機会は逃したくありません」
制度的にも間違いなく、一人の魔法少女として扱われている。
自由に外を出歩けない。監視者が付いて生活データも収集される。
これが任意でなければ人権問題になる。自分に限っても、実態を知って手に負えない問題が起こりながらも、魔法少女になれたこと自体に不満は無いのだ。
「実際、能力の研究目的で派遣される場合、給料は増えますよね?」
「研究価値が認められる場合は確実に。能力を獲得した事実もありますが、実験への協力を求める名目で多少の優遇があります。サツキさんの場合、確実に研究調査が求められると思います」
職業訓練が受けられない代わりに、研究協力費が出るそうだ。
”棚ぼた”でも聞いてみるものだ。
架空の職員である自分に給与の加算が反映されるのかは疑問だが。
「……手間のぶん、派遣先からの契約料を差し引いてもらって構いません」
「残念ながら施設長の私は、非常時の対応まで含めた賃金です。早い出世でも情勢の良い時を選びたかったです」
「それは……、笑えませんね」
「笑ってくださいよ、そこは」
話題を投げたのは自分だが笑えない内容になる。
主任にしてみれば多忙な中での追撃というだけで、問題としては小さなものかもしれない。対処できる人材が少なく作業量を分散できない可能性もある。慣れない作業であるのは間違いない。
先延ばしにするつもりはないが準備には相当な時間がかかる。
そう告げられたように、方針を決めてすぐに実行されるわけではない。
与えられた猶予の中では、自分自身でも準備を進めておく必要があった。
「……それで今月の間は、出ていくことはないんだな」
「うん。そう教えてもらった」
最近はアイリと頻繁に会う。
未だ負傷扱いとなっており、病室に行けば出会えるという要因が大きいのだろう。
日中は、完治という言い訳で、病衣のまま施設を歩き回っている姿を見る。
そんな中で私室に誘われた。
学生寮より規則が緩そうな環境では個性もよく表れる。
大抵は五年ほどで施設を移るため、長いようで短い期間に手出しが難しい住民もいるかもしれない。去ると知っていればなおさら、どうして部屋を丸ごと改造したりできるだろうか、と。
アイリはそんな性格を見せないが、私室は貸し与えられた当初の雰囲気が残っている。
棚に詰まったボードゲームには使い込まれた痕跡があり、出動組で集まって遊ぶ場になっているのが分かりやすい。夜帰りになると共同スペースで騒ぐのが難しくなるかわりに、寝室相当の私室が役に立ってくる。
水回りの設備だけは私室で補えず、部屋の隅に備蓄された箱詰めの水がなんとも目立つ。
そんな部屋に今は二人。
「受け入れの準備もあるから、派遣が決まっても即日に運ばれるなんてことはならないと思う」
「そっか。……なんか、喜べることばかりじゃないな」
「でも嬉しいよ。怪獣退治に使えない能力でも、研究になる可能性があると分かったから」
自分にとって大宮サツキという魔法少女は一時的な姿でしかない。
だが同時に、眼前の少女もいずれ魔法少女の力を失う一人だ。
今の生活に終わりがあることも同じく認識している。会えなくなることを喜べないものと真っ当に語ってくれるのは嬉しくもある。
「それよりも、体の方は何ともないの?」
「変わらず良好だな。今なら、お姫様だっこもできるぞ」
「前からできたよね?」
「もちろん。都合よく理由ができたから言ってみただけ、嫌がるならしないよ、……っと、アズサだな」
そんな軽い話題の中、部屋の呼び鈴で待ち人を知る。
「ささ、入った入った」
扉も閉められると、三人で机を囲む。
「それでどうだった?」
「一時的でも研究所に送られる可能性があると聞きました」
「離れるのは避けられないみたいですね」
アズサは指導役であるため、今後の状況も伝えないといけない。
自分が施設の外で活動しないにしても、相談役の相手に現状を伝えないわけにはかない。
こんな形で会話の場が用意されたのもこれまで能力の話を伝えてなかったためだ。
何しろ判明してから数日、検査結果も聞かされなければ話せる内容も無かった。
「研究所って、どんな場所か知りしませんか?」
「まず行ったことがないからな」
「護衛で訪れたくらいで奥まで進んだことはありません。あくまで一か所ですけど清潔そうだったとしか」
アイリも知らなければ、アズサからも同様の答えが来る。
実戦向きの能力なら怪獣退治に優先されてしまう。アズサも早期に前線基地へと送られているため、研究主体の施設に所属していない。
「教材を見ても、数行の文章で書かれているくらいなので正直不安です」
地図上の位置を見たところで、実態までは理解できない。
「今度ばかりは何も話せないからな。研究されるくらい所属する人の能力も特殊なんだろ。たぶん、能力に合わせた生活環境なんて書き切れないんじゃないか?」
「今は調べようがないのかな」
「せめて向かう先が決まれば、調べようもあるんだけどな」
おそらく、派遣先が決まった頃には説明も受けられる。
そう考えて今は納得するしかない。
「……なんか、急に忙しくなったよな」
「私から見ると、アイリは普段から仕事で忙しいけどね」
「そうか? 外に出るといっても担当範囲の中だけだかんな」
特別気にしてくれるようだが、本来は魔法少女になった時点で皆が経験する。
アイリ自身が教育施設から移ってきたように、判明した能力次第で所属も変わる。今の時期だから目立っただけのことだ。日常的な忙しさと比べると小さい。
怪獣退治をする魔法少女、部外者から認知されている姿も全員がそれではない。時間外労働のない者にとって外での活動は忙しく思えてくる。
「確か、アズサも、ここでの滞在は短かったよな?」
「ですね。最初の予定通りなら一年ほどで離れるはずです」
「変だよな。独立部隊って言うなら、前線の人員をそのまま抱えればいいのに」
ここでアズサに注目されるのは、自分と似て半端な時期に所属を移したためだ。
軍との連携を強めた新戦力。一か所の基地に留まるわけではなく、要請に応じて移動できる部隊を作る意向があるらしい。
生活地域の外でも、怪獣の出現はある程度の予想がされている。雑多な怪獣は数えきれないが、緊急事態を発するような場合には各地から人員を寄せ集めて対処している。
まとまった戦力が用意できれば、書類上の効率も良くなるのだろう。
平時の前線防衛も忘れるわけにはいかないが、現状の対応では追いつかなくなる事態をを想定して準備しているらしい。
「それはあれです。既存の戦力を引き抜くより、新人から引っ張ってくる方が負担が少なく済みます。あと、どうしても年上ばかりになるため、特進を受けて急に指揮させるのも難しいと判断されたのかもしれません。これまで色々教えてくれた人に命令するのも、私自身、気が引けますから」
「なるほど」
「ですが、副官になる人まで移送が遅れていることには違和感がありますね」
続いて語られたのは実態だ。現時点で各地の魔法少女が集められているべきであり、志願を翌年度まで遅らせる意味は薄いのだと。
時間が限られているというなら、怪獣退治の合間に自分の指導役をやっているのも変ではある。
「どうも、各方面との連携が上手くいっていないのか、計画に動きがありません。正直、前線から遠ざけているような気もして、この辞令自体も怪しく感じます」
「それ、詳しく知らない方が良いやつか?」
「おそらく」
機密が関わるならと、二人の話題は早々に打ち切られる。
「もしかすると三人が顔を合わせるのも、今だけなのかもな」
そこには会話の内に利き手を見つめるアズサの姿があった。




