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 朝食時の連絡に従って会議室に入る。


 中央を占める形で楕円の机が置かれた部屋で、投影スクリーンのある方に偏って座る。

 食堂でも顔を合わせた軍部出向の常村二佐とメンターの安住さんに加えて、施設長である加賀主任まで。


 単なる能力の調査結果であれば研究員一人で事足りる。能力を教わり利用に関して注意事項を聞く、その程度では済まない内容が控えているらしい。


 能力の発現から今日までの三日と少々、調査の現状報告という体であるため完全な解明ではないだろう。決して調査として完結したわけではなく、能力の発現者である自分に対して、今後の予定や運用を指示するために情報共有が必要になるのは分かる。


「体調はどう?」


「これといって今は不調を感じていません」


 挨拶の間には、主任から声がかかった。


「固有の能力が使えたことで他の魔法少女と同等になった。良い悪いはともかく、これまで以上に慎重が求められるかもしれません」


 自分が野良だからではない。

 男でありながら魔法少女になった。それでも固有の力が見られない間は、あくまで特異な一例として運用についての心配事は少なかった。


 他の魔法少女と同等。


 つまり、調査によって不完全と言い切れない能力が確認できた。

 男に関しても怪獣駆除への運用が見込まれるなら、研究側としても重要度が変わってくるわけだ。


 仮の保護から管理へ移行する。対応が変わるとしても、元の認知度が少ない施設内では特に変わりない。男であることは今後も隠される。だが、外部的な扱いは別だ。


 主任からは、こちらの事情を知る人間を制限すると教わっていた。

 以降の対応に関しても任せきりだが、情報規制に関する最新状態は都度知らされていた。能力発覚後に新たに名簿に加わったのは、そういう理屈なのだろう。


 とはいえ今の事情を話すのは、軍部出向組では常村二佐だけらしい。

 異動の場合も考慮して地位の高い一人に絞ったようだ。


 安住さんに誘われて着席をする、目の前には常村二佐。その奥に主任と席が並ぶ。


「魔法少女として志願するには難しい事情があると聞いた……」


 そう言ったのは、常村二佐だ。


「事情を知らなかったとはいえ申し訳ないことをした」


「分かりました。……ですが、責任があるのは無断で活動しようとした私です。私の方からも謝罪させてください」


「受け入れよう」


 職員や軍関係者は同じ組織の人間でも魔法少女とは距離がある。

 彼らがいくら親しげに接しようと、そこには大人の対応が求められる。

 おかげで今の自分が存続できている。


 これが同じ魔法少女では難しい。

 生活の場に知らない男性が入り込む、制度として理解しようと拒否感は避けられない。たとえ本人の責任でなくても、一人のために全員に変化を強いる好ましくない状況になる。全体の運用にも不都合が生じてくるだろう。


 集団の利益はともかく、発覚した場合の責任は自分にしかない。

 元々の性別を隠し通すことが最善の選択なのだ。


 とはいえ、規則違反でもないのに、目上の人に謝罪されるのは慣れない。

 以前に主任先生からも似たような行為があったりと、人情を上手く誘導されている気がする。


「申し訳ないが、君の事情は所属後の早い段階から知らされていた。あくまで、この施設内に収まるなら我々の間で保護できる。そう判断したためだ」


 頷く。


 知っていても対外的には知らないことにする。

 単に口外しないより難しい対応だ。


 今でさえ、男であるとは明言されない。

 意図的に間接的な表現に留めて危険性を減らしている。


 約束が違うと指摘できる面もあるが、こちらに知らされないことも重要だったのだろう。

 技術協議や連携もあって、軍部に対する情報規制には限界がある。そのため所轄である常村二佐が事情を知ることは管理上の必然とも言えた。


 だが目の前で報告され、正式に知らされる形となったことで、この一件が前置きでしかないことを覚悟しなければならなくなった。

 自分の立場以前に、都度、謝罪を求めるなんて悠長な状況でないのは理解できた。


「まずは、君の心配から解消しよう」


 顔を向けて室内の減灯を指示し、そして主任が従う。直後に投影スクリーンに表示された、あいりの診断結果からも魔法少女としての能力に関する説明だと分かる。


 どういうわけか、話の主導権を常村二佐が持ち続ける。


 自分の事情もあって、直接の研究者が話せないことはありうる。それでも研究員の統括である主任か、自分の保護を直接行うメンターに任せるべきところだ。


 この施設における軍部の役割は、魔法少女が出動する際、現場に展開する軍部隊と連携を行うというものだ。単なる情報交換以上に、現場の指揮権の問題を解消するため一定以上の階級が求められる。

 会議の相手が軍部の上司でもなければ、およそ、研究報告に使われていい人材ではない。こちらの旧職に関しても下の下がいいところなのだ


「形代アイリの現状は、ほぼ完治と言っていい。治療まで二日余り。予後をみても一週間かからないだろうと思われている。……その上で君の話を進める」


 口頭は、常村二佐が手元の書類に目を通して行われた。


「重大な傷害が無かったとはいえ元々の状態は悪い。半身の打撲。広範囲の裂傷。特に、右腕にかけては着地の衝撃が集中したためか状態も深刻だった」


 投影された診断図には、頭から足まで広範囲を赤く塗りつぶされた人型が映る。

 当時のアイリが全身に包帯を巻いていたように、それは自分の目でも疑いようがない。


「……それこそ普通の人間であれば、一か月の療養では済まない。皮膚の再建手術を複数行わなければならず、最初期には運動障害、完治と呼べるまでには相当な期間を要する」


 一か月が見込まれていたところを丸三日で済ませる。

 これが自分の能力によるものなら驚異的なものだと思えた。


「既知だろうが、形代アイリは、元々魔法少女の中でも身体性能に難があった。治癒機能についても評価を外れず。それが常人と比べて優れたものであっても、彼女の運用上の大きな欠点となっていた。我々が提示した一か月という予想はこれまでの負傷を鑑みて算出されたものだ。それが二日ほど、……驚愕と言える治癒力の向上になる」


 医療関係に関わる魔法少女もいたはず。怪我からの回復を早める能力なら、戦闘が求められる魔法少女の助けになれるだろうと、


「だが、魔法少女の中では特別優れた回復力ではない。そして君の能力が治癒でないことも判明した」


 見通しの甘い期待は直後に否定される。

 治癒による悪影響を語るわけではなく、治癒という期待自体も。


 常村二佐は書類を机に伏せた。


「この結果は、調査初期に予期せぬ形で判明して――」


 説明途中、主任がわざとらしい咳払いが入る。

 その反応に説明者も語りを止め一度振り返く。


「……以降は能力について、”より細心な”分析が進められた」


 三日間の調査に初期も何もないと思うが、報告という形になるくらい調査に進展があったのだ。今の面子が集まったことへの警戒も無駄ではないだろう。


 視界横では研究用とされる画面が数枚表示された。線形グラフの羅列と文章の集まりは数秒の内に終わり、最後には室内照明が灯る。


「遠まわしな表現は性分じゃないな」


 常村二佐の表情が見えるようになる。


「君の能力において、新しい魔法少女の誕生が確認された。調査の過程で一人の研究者が魔法少女になっている」


 結論と元となる結果。

 およそ確定と言っていい内容なのだろう。


 非破壊性は確認されていたが、それ以上に人体で試したらしい。


 調査に対する自分の作業と言えば、生みだす光の球を実験装置の上に浮かせただけ。

 何かを放出するそれ単体の能力は珍しくないとはいえ、装置上で浮遊している様子とそこまで準備が整うことには驚いた。だが、調査結果はそれ以上だ。


「アイリの件は、どのような状態か判明しているんですか?」


 こちらからの勝手な憶測は告げない。

 あくまで聞く側だ。


 そして直近に知るべきことは、こちらの能力を浴びたアイリの件だ。

 研究者については話題を触れるべきか分からない。


「それについては近い推測が可能だ。何より他の診断結果から君の影響が確認できている」


「……問題は無いんですか?」


「現状では心配無用だ、能力の喪失は見られていない」


 質問には簡潔に告げられた。


「固有の能力も損なわれていなければ、むしろ性能的には向上している。それはおそらく、前日にリハビリを試した彼女自身も少なく実感していることだろう」


 過去を心配するのも変だが、あの夜の一件は何かが違えば危険な事態になりかねなかった。

 発現した能力の非殺傷性や、元の能力を奪わずに済んだ今、動揺していた自分を責めたくなる。


「アイリに関しての検査は途中段階だ。一時的か恒久的かの検証もまだ先の話になる」


「教えてもらえて助かります」


「良いことだ。効果としては底上げと言える。彼女の大胆が強まりそうで心配だよ」


 アイリの性分的に、不安を告げても止まってくれそうにない。

 その安心から、自分も少し笑ってしまう。


「本題は、ここからだ」


 先ほどは短く済ませた研究員の話題だろう。

 魔法少女である者の欠点を補う効果が予想されている。だが同時に、普通の人間に対して使用すると、魔法少女に変えてしまう事象が確認された。


「正直、扱いに困った。それで主任も私に相談してきたわけだ」


 視界奥の主任は、話された内容に対して否定も肯定もできないような顔をしていた。


 能力さえなければ書類上は存在しない形で保護できたかもしれない。扱いに困るというのは事実であり、自分のために特別に手間がかけられているのは知っている。


「別に君を危険視するわけではない。魔法少女の軍団を作って現体制に反抗したりもしないだろう。というより現状の能力では、そこまで極端な結果にならないと考えられている」


 話の主題は能力の説明ではない。

 極端な仮定もこちらの性格面を察したものであり、およそ、関連するのは自分に対する処遇だ。


 方針を伝える、あるいは決定する。


 主任との取り決めに関しても、違約とは言い切れないまでも、事後承諾では済まない大きな変化が加わるのだろう。

 そもそも情報開示は主任にゆだねた。組織と自分個人、お互いが混乱しないために情報を隠しただけ。必要が迫られれば変わらざるをえない。


「判明した能力によって、私の事情を開示するしかない状況になったということですか?」


「飲み込みが早くて助かる」


 会議室に来て最初に言われた事だ。

 魔法少女を作る魔法少女なんて異常な例に対して、組織側も対応を変える。


 元々、魔法少女は能力使用に個人の判断が強い。

 怪獣退治なんて大規模な作業しか関与できないのも当たり前なのだ。


 信頼性の設計が難しい。普段から専用施設で暮らして、特に強力な能力の場合は使用に許可を取らせる。それでも個人の判断が大きく占めている事実に変わりない。

 能力が一律でないため管理が難しく、面倒な人材をひとまとめにしたいところだが、各地の怪獣に対処するには戦力の均一化も求められる。


 選り好みできるほど魔法少女はありふれていない。

 その中での自分の能力だ。


「能力に関して言っておくと、……魔法少女になるといっても即時運用できるものではない。無垢と呼べるのか、固有の能力は見られず、外見的な変化と合わせて身体的な性能が上がるだけ。能力を発現させる前の君のような状態だ」


 こうなると、魔法少女になったという研究員も心配になる。

 最終的にどうなるか現状では判断できていないのだ。


「隠すには少々問題がある。我々としては継続した調査を行いたい。それには専用に予算を組む必要があり、提出する報告書によって君の存在も間違いなく伝わる。外部の注目が集まれば君の実態も把握されるだろう」


 常村二佐は、人材の意図的な隠匿は組織運営に関わる、と言葉を付け加えた。


 実態のない魔法少女に関する報告書。

 まあ、間違いなく荒れる。


 もちろん、この施設の所属名簿には名前も外見情報も書かれている。魔法少女として各種の設備を利用するために必要であり、現場職員の混乱も避けられた。


 ところが外部からとなると目の集まりどころも違う。集団管理のための作業で問題にならなかった不備も、特定個人に注目されると通用しなくなる。


 魔法少女も元は人間だ。

 過去の戸籍や財務処理の情報まで調べられると、他とは異質な実態が明らかになる。所属時期から逆算すると、同時期に職員に加わった自分が見つかるだろう。

 給与実態も職員のそれであり、怪獣退治による特別給与が無いために可能な処理だ。いくら独立採算の陰に隠れていても、存在が知られてしまった後には指摘を避けられない。


「研究機器に関しても、この施設では賄いきれない可能性が高い。ここは、怪獣対処に関わる運用と既存産業への活用が主だ。能力自体の解明となると、外部の施設に送られる可能性が高い」


 結論ありき。

 だが、今後の見通しが立つ分、身構える時間を与えられた形だ。


 男である事実を隠したのは現場の混乱を防ぐという組織側の理由もあった。性別の違いについても生活調査で足りるだろう、と。


 だから、研究を止めてくれとは主張できない。

 研究機会の放棄となると経営理念に反する。今後も生み出される魔法少女に対して、より安定した運用手段を得るためにも、能力の把握は必要となるはず。


「そうですか……」


 こうも困難が重なると主任に同情してしまう。


 自分が不意に魔法少女になったように、存在しないという男の魔法少女を確保してしまった。責めるべきは現行の制度を敷いた過去の研究者だと指摘したいが、前例があったところで、数百に一つの例外を守るために効率を捨てる選択は無い。

 人為的なミスではないのだ。


 その上に重なった困難が、今回。

 当初の対応がすべて無になるような、安心からの一転だ。

 研究者といえど喜べない例外だろう。


 施設責任者として当然の対応かもしれないが、譲歩をもらった認識はある。

 通常なら教育期間に直送されるところを試験だけで免除された。一人だけの男として生活するより手厚い対応だ。


 今回の件についても主任の判断を受け入れる。


 もちろん、能力に研究の需要があるなら、それなりに貰えるものは貰う。拒否できない代わりに違う形で優遇を得るしかない。


 自分の立場では少々の口約束が限界だが欲深とはいえないだろう。

 研究が済んだら本当に価値がなくなる。男の魔法少女と、新しく確認された能力、事例として正式な書類にまとまれば本人の存在は不要になる。

 後は判明した能力が活用されることを期待するしかない。


 結局、困るのは自分一人なので生活環境さえ整うなら許容できないこともないのだ。移動制限が強くとも、将来への準備資金が溜まるかぎり良い雇用条件だと思う。


 私室と生活設備に娯楽室、人間並みの労働基準も保たれている。

 同居者との人間関係に難ありだが、性別うんぬんは慣れて覚えればいい。魔法少女だって同年代でまとまるわけではないため年齢差に悩むのは皆同じだ。

 移動先が研究施設だからといって、非人道的な扱いが日常化するとは考えていない。


「これまで隠していた事情を公開することになりますか?」


「いや、それはない。そちらの件については、今後も積極的な開示はしないつもりだ。だが、追及された場合に拒否できない。すまないな」


「いえ」


「軍部の方でも、それとなく聞いてみたが、やはり制度の変更は考えられていないらしい。教育機関の方も受け入れ条件を広げる傾向もない。というより、初期に試して結果的に諦めたという経緯がある。……今から開示しても十数年は改善されないだろう」


 既に明るくなった室内では、主任が手振りだけで謝っていた。




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