021
「やっぱ、食堂メシだな」
アイリは並ぶ料理に告げる。
三日の病室暮らしも後半は名ばかりになっていたが、この度、医師から正式に言い渡された。施設内であれば自由に出歩いて構わない。当分は変わらず病室が寝床になるものの、本人は制限の解除を素直に喜んでいる。
病室での食事も食堂の調理場から提供されたものであるが、翌日には肉の大盛りを頼んでいたりと、消化器系の負傷が無かったことで元々我慢は少ない。一晩寝て立って歩けるようになった時点で、以降は実質、医師の判断を待つだけの期間だった。
想定より回復が早い。
本人も告げるところであり、医師からも同じ感想を聞かされたそうだ。
とはいえ、これまでの入院記録は軽視できない。そのまま仕事の復帰というわけにはいかず、予定の日数まで経過観察が続けられる。
そして今回の事態に、明確な原因を探ろうとすれば自分の行動に行きつく。
面会に向かった自分が、アイリに対して何らかの効果を与えた。あの日以降、自分の意思で作り出せるようになった光る球体は、研究員の管理下で調査が行われている。
「こう、肉の皿が並ぶと、カロリーが気になるね」
「そうか。ここだと普通だと思うが」
肉と肉、対面側にも肉。
作り置きされたものでも提供直前に再加熱が行われ、脂ぎった肉料理たちはどれも湯気を出している。
男の居ない場では……、なんて噂もここでは頼りにならない。
魔法少女の腹は強固だ。
この施設に来て驚いたことでもある。成人男性並みの食事量と言うべきか、食堂を見渡す中で必ず肉料理が見つかる。もちろん、多種多様な料理を選べるが、通算の消費傾向は肉に偏っているだろう。
「草ばっかり食っても、豆と芋を食わなきゃ太れないぞ」
「太るためなんだ……」
「怪獣に勝つための常識だぞ! せめて重量で並べないと張り手もできないぞ」
職員を含めた利用者は二百人ほど、既に小規模の域を越えているが外部委託で弁当を運び込むとなると、不定期に活動する魔法少女には合わないらしい。
何より、弁当箱の提供と回収だけに済ませると、職業訓練をする意味も薄まってしまう。
とにかく、市街で暮らしていた頃に自分で調理していたものとは比べられない。
毎日利用することもあり味関係は注力されているようだ。
「回復おめでとう、アイリ」
「おう、アズサ。まだ復帰は先だから、早く身体を慣らしたいよ」
相席するアズサとも話す。
アイリの普段着の下には、今なお一部に養生用の包帯が残されている。
下手な運動が傷を広がらないようにするためと言いつつ、暗に怪我人扱いされていろという医師のたくらみだというのが、アイリの見立てだ。
今日明日くらいに本人の判断で取り外されているかもしれない。
早めの朝食は、食べ終わりになると食堂の集まりも増える。
寝過ごした一人も加わって、四人の食事になっていた。
「サ・ツ・キ」
自身の食事を終えてトレー上の並びを整える。多い食事量とそれに伴う器の食洗作業について考えていると隣から声がかかる。
相手が怪我人であるために、抱きついてくる体を押し返すことも難しい。
力加減もされているため転倒の可能性は低く、だが最近は、移動の補助などで増えた接触を回数を意識する。
どうあろうと自分は男だ。
奇跡一枚で隠せているだけ。魔法少女の力に必ず終わりがあると知っているため、その瞬間が恐ろしくもある。力を失えば同時に今の生活も失われる。鏡で自身の姿を見るたびに思い返してしまう。
「アイリ、そんなに動くと傷が開くよ?」
「へいきへいき、この包帯だっていつでも外せるくらいなんだから――」
急に現れた邪魔者にあいりは振り返り、そして頭上に手刀が乗る。
「こら」
「うわって、ユッキーじゃん」
常村二佐と、アイリ、アズサのメンターで計三人。
アイリが名前を呼んだのは自身のメンターであり、アズサ側のメンターである安住さんはこちらのメンターも兼任しているため、それぞれのメンターが集まったことになる。
特に出撃以外でも忙しそうな相手の登場に、食堂内の注目が集まっていた。
「サツキには能力の件で話がある。朝の講義は欠席して第三会議室へ来るように」
「わかりました」
能力の件となると、アイリも無関係ではない。
だが、同席の提案は当人のメンターによって先立って断られた。
「アイリは病室の方で話を聞くように。……大事に至らなくて何よりだ」
「こんくらいの負傷は慣れているからな」
連絡だけ告げると常村二佐は去る。
場に残ったメンター二人は、隙を埋めるように代わりに前に進んだ。
「ユッキー呼びはやめて。それよりも貴方また勝手に、部屋を出て」
「すぐ治るから、こんなの大丈夫、大丈夫」
雪野改めユッキーは、メンターとしてアイリの行動を指摘する。
「いくら魔法少女でも、感染症にかからないわけではないんですよ」
「私だって、除菌シートくらいは携帯してる!」
「そういう問題じゃありません」
事の発端が自分であるため、隣で生々しく語られる状況も受け入れる。
アイリがこちらへの配慮のために過剰にふるまっている可能性は否定できない。
身近な安心を感じながら、自分の話題の方にも向き合う。
「……安住さん」
「無理に我慢していませんね?」
「はい、大丈夫です。今のところ力を使ったことによる異常を感じたことはありませんから」
アイリと合わせて、こちらが心配されるのも原因がある。
実験のために能力のサンプルが回収される段階で、脱力の症状が出た。
多用できる能力でないことが早々に判明していた。




