020
中等部、高等部と、与えられた筆記試験をこなす。
毎回、予定時間より短く終えたのには、年の功がある。
何より怪獣関連については実戦経験により嫌でも頭に叩きこまれた。幹部生でもなければ法規の問題で怪しい箇所に出会うわけだが、そこは上官に頼る内容にして次の記述問題に目を向けた。
話によると教育施設の方で昨年度に利用された物らしい。
検査による適性と本人の同意によって集められる人材の、学力層の広さに厳しさを覚える。数日を経て、採点した監督役から祝福の言葉をもらったが、試験の度に後悔を重ねていた気がする。
施設で顔を合わせる誰もが通過した道であり、自分もその正式に仲間入りを果たすと思えば、過ごした日数も無駄にはならない。
数日に一度、全員が集まる講習で怪獣の活動状況を教わる。大規模な討伐では多くの者が出撃のために不在となるため、準備の間は非戦闘員の協力も必要になってくる。
それでも皆が注目するのは、一斉外出の話題らしい。
季節ごとに設けられる外出の日に、通販だけでは満たされない日々の抑圧感を解放する。普段から施設に閉じこめられていることもあって、巷の娯楽は遠い。任務の途中に買い食いなんていうのも、戦闘前には中々難しいものだ。
二度に分かれてレジャー施設に向かうなんて時には、貯めに貯めた大金の飛び交う光景が想像できる。周囲からは金持ち連中の道楽と思われているのではないだろうか。
娯楽のない朝礼が終わると、食事を経て自分は施設管理の手伝いに加わっていた。
業務用の掃除機を通路で気ままに進ませる。通行の邪魔にはならない程度に進路先の備品を寄せ、余裕のある空間に見つかる汚れを人の手できれいにする。
大広間にきて長椅子を整えている内に、作業の手が止まった周囲を見つける。
「あれ、何だろう?」
「ほんとだ」
何人もの職員が一つの通路へ向かうのを見る。
日常と異なるわずかな早足に、仕事仲間も見慣れないと語る。
「……悪いことじゃないといいけど」
通常の業務連絡なら端末上で済む。定例会議との違いは長く暮らす者ほど気付くものだ。
昼夜を問わず現れる怪獣に応じて、魔法少女の活動は忙しい。現場待機のために全員がそろわないのは当然、出撃を見送るのもまた施設で過ごす者の習慣になる。
異常の原因を探る場合には、必ず外的要因を気にしてしまう。
終業を待って職員にたずねると、出撃現場での負傷を教わり、その相手が見知った名前と知った。
魔法少女の負傷は、ありふれた出来事だ。
街並みを壊すような怪獣に対し、能力によっては至近距離での戦闘を求められる。通常兵士による火力支援も満足に受けられない中では、長期戦も少なくなく、市街戦に限れば、動員数で対処しているのが現状なのだ。
魔法少女がいるかぎり必ず殺せるという安心感が環境改善を遅らせている。
忙しいのはあくまで現場だけなのだろう。
この施設にも常駐の医師がいて緊急事態にも対応できる。簡単な連絡で準備が進むよう平時から備えられており、一部区画の出入りが増えたくらいでは日常は崩れない。
負傷の程度は詳しく語られなかった。
死亡でないものの、事後報告されるだけの軽傷でもない。
魔法少女の死亡は当たり前に起こることであり、むしろ魔法少女だからと彼らを特別視するのは自分くらいだろう。一般兵士だった頃と変わらない部分が垣間見える。消耗品だという自覚が今は嫌いになる。
異変を知りながら自身の近くでは感じられない。
時間を増すごとに違和感は強まり、自身を落ち着かせるために医療区画へ立ち寄る。夕方になり受け入れ準備が本格化するのを感じて、邪魔をしないために場を離れる。
食後の私室でも、個人用のシャワー室で水音に囲まれる中でも、耳をすませた。
出動していた一行も既に帰還して、医療搬送で担架を走らせる段階もとっくに過ぎた。
時刻が消灯前になって、初めて病室へと向かった。
「よ、サツキ!」
来客を知ったアイリが天井灯を弱く点けるまで、室内の光源は睡眠に向けて足元だけに保たれていた。
二人用の準個室は吊り下げ式の仕切りが壁まで寄せてあり、その奥側の病床に相手がいる。一般病室にいると分かった段階で安心は取り戻せていた。
「無理に起こしてしまった?」
「いや、直前までいかがわしい奴見てたから、しっかり起きてた」
「もう」
「一番に飛び込んでくると思ったのに……、サツキは心配してくれなかったのか?」
「そんなことない。ただ、皆や先生方の邪魔になるのは嫌だったから」
「心配症だな」
単なる差別意識だが、魔法少女に死んでほしくないのは本心だ。
民間人のために身をささげるような仕事でも、行っている当人は尊ばれるべきだ。有事の際には医療面で厚遇が表されるとしても、それだけで解消できるものではない。
少なくとも一般兵よりは、という意識は、魔法少女へ支援するために軍に入った自分の独善だろう。
「身体は、大丈夫なの?」
「本当に悪けりゃ、よそから治癒持ちの魔法少女が呼ばれる。その方が楽だったかも」
湿布が顔の半面を隠す。
医療用のベッドに寝かされたアイリは、病衣からのぞく手足にも包帯が見える。病室に入った瞬間から、消毒液に消えない血の臭いがあり、それは近づくほどに強まった。
平気だと語って持ち上げる腕には医療電極まで貼り付けられ、安静が求められる姿そのもの。壁寄りに置かれた計器まで垂れているコードは嫌でも目に入る。
「名誉の負傷とか言うやつだ。次はもっと上手くやる」
「あまり無理はしないでね」
「しないしない」
来客用の丸椅子を運んでくれば、その間にアイリがベッドの上半身側を起き上がらせる。雑談のためにと探した水も当人の分はすぐ横に常備されていた。
「まあ、完治するまで復帰できそうにないな」
「どれくらいかかるの?」
「さあ、医師の見立てでは一か月だとさ。……こればかりは体質だからなあ」
傷は浅いもので、施設を歩きまわる分には問題ないらしい。
とはいえ負傷は事実。痛みもあれば動作に不自由は出てくる。戦闘復帰が可能だとしても、不意の事故を避けるために予後の期間は設けられる。
「身体の強度に関しては、サツキより弱いくらいだ。検査で聞いたろ。身体能力は十分あるって。……俺なんて常人より少し丈夫なくらいで、他の魔法少女と比べれば治癒力もヨワヨワだよ。肌が削られた程度、普通は一週間もかからない」
「傷つきやすい?」
「まあ、そんなとこ。力比べでもサツキに負けるよ」
魔法少女の需要は怪獣への殺傷能力にあり、本人の耐久性は二の次だ。
身体性能が常人より優れる時点で運用する価値はある。加えて、少々の欠点も補って余りある攻撃力をアイリは有している。
決して自分が代わりに勤まる役目ではない。
魔法少女になりながら変わらない自分がいるのは良くも悪くも意識する。無力感は解消されてほしいものだが、異常な日々が続きながら今日に至るまで一定の平静を保てた原因でもある。
「明日も、来ていいかな?」
「来てくれる分には喜ぶけど、そんなに心配するものでもないぞ」
「ほら、出歩くとか、補助もあったら困らないよね」
「そのあたりは看護師まかせにできるからなあ。明日くらいは閉じこもるけど、病室暮らしも悪くないぞ」
「そうなんだ」
今日みたいな負傷は経験済みか、あるいは見慣れた光景であるために特に緊張しない。生活拠点が変わらないことで苦手意識も一般人より少ないかもしれない。
普段の世話になった分、助けるところを探したくても、会話中の軽い頼みに応じるくらいが限界だ。
「サツキが良ければ、入浴とか良い? 看護師に頼むと、手際が良すぎて済ませた感じがしないんだ」
「怪我のことを思うと、さすがに痛くしそうで怖いかも」
「大丈夫、そんなすぐには求めないし一日だけでいいから。どのみち傷がふさがるまで水拭きだから急ぎでもない――」
そう言った直後に、アイリが姿勢を起こす。
「何なら、サツキも一緒に受けてみるといい。すごい手際だぞ! って、痛たたた」
「あまり動いたらダメ」
大げさな身振りは途中で止まる。
痛めた様子のアイリに駆け寄ると、大丈夫と小さく声が届いた。
「悪い。激しく動かすのは、まだ駄目だった」
夜中の訪問ということもあれば、長話だって身体に悪い。
せめて落ち着かせる話題に留めておくべきだった。
身体をベットから離さないよう、こちらが手をのせた腕に血のにじみがある。
手首の横、包帯や塗り薬をよけて、固まりかけの血はシーツまで汚していた。
「……出血してる」
「そこは昼間に、かゆくて、ひっかいたところ」
アイリに触れた手を戻してみれば、わずかな血の付着を知る。
こんな境遇にある彼らを少しでも助けるために、自分は軍隊に入ったのではないのかと。
支援部隊として住民の避難誘導を行い、魔法少女の戦闘を助ける。そんな行為では変わらない現実があり、けれども欠かすわけにはいかない貢献でもあった。
それなのに、魔法少女の一人として彼らの生活を知れるようになった今、できていることが、ただ病室で怪我人を隣から見つめることだというなら。
自分が魔法少女になった意味がない。
避難誘導さえ辞め、怪獣とも戦えず、戦ってくれる者に対しても何の支援も与えられない。中途半端になるくらいなら軍隊を辞めなければよかった。
こんな自分でいるべきじゃない。
「サツキ?」
今でも怪我人に心配させるような有様だ。
震える視界に近づく手は、傷つき血を流している。
足手まといにしかなっていない。
「サツキ、体が……」
なおも続く心配の声に気丈を告げるため。
顔を拭おうと動かした腕を目にして、動きが止まる。
消灯目前の明るさを欠く室内にいて、突然増した光量に。
その原因が自身の体にあることに気付く。改めて確認するためにわずかに伸ばした腕が、その発光を集めたように先端に向かうほど光量を強める。
そうして手にあった光が、触れたアイリの体に急速に吸い込まれていったのを静止する中で見た。
「うわっ、アイリ、大丈夫!」
「さ、さあ?」
直後に声をかけるがアイリからは疑問の声が出る。
自身の体に異常な発光が起こり、その影響がアイリの体に吸い込まれた結果として、今のアイリには治療着の上に変身した姿がある。
「勝手に変身したぐらいで他は何とも、それよりもできたな」
「え?」
「さっきのアレ、サツキのだろ」
変身状態のままのアイリが告げる。
「あれが私の能力」
「きっとそうだ」
何ともないといった様子でアイリが話す横では、病室の診断装置が点滅しながら警告音を鳴らしていた。
アイリの身体に貼り付けてあった計器の一部が外れたことによる異常を伝えていた。
「それよりも、……どうしよう」
「こればかりは、どうしようもないかも」
現状を知ったところで対応を考える時間はなく、病室には医師が現れることになった。




