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001




 建物が夕暮れを帯びてくる頃、街の一角には異様な光景が生まれていた。

 普段は活気を見せる商業通りがシャッターを下ろす。道端には少々の混乱を示すように雑多な荷物が捨て置かれて、本来、道路を行き交うはずの車両も一切ない。


 ただ人が姿を消した一帯で、唯一動いている存在が騒音ともなう破壊を繰り返す。


 法規制により整った四階相当の建物は、たった一度の衝突で、その下半分の外壁を大きく崩す。およそ丸みを帯びた輪郭も形状に似合わない明らかな脅威があり、巨体の通ってきた場所には、移動経路を示すように破壊跡が残されていた。


 弾性に欠けた表面、外骨格に特有する関節形状。甲殻類にも見られる特徴だが、その体格は通常の生物から逸脱する。備える質量も相当で、建物外壁を削り取れば壊した建材を煙と共に道路にまき散らし、脚部の動きが路面を踏み砕けば、備える運動能力により衝突で削がれた移動力さえ速やかに取り戻そうとする。


 そんな隙に、巨体が追突により広げた砂煙からは、小さな存在が逃げ出していた。


 煙の色も引き立つ。白装束と内に着込んだ黒衣は、その各部に布飾りをつける運動性に乏しい服装に見合わず、巨体の後方に回り込めば脚へと組み付く。巨体と比べるまでもない小さな存在だったが、周囲に破壊が広がる間にも着々と足を登っていき、いつしか巨体の胴と足の接合部にたどりつく。


 その白髪の少女は、どこからともなく細い杖を取り出すと、その先端部を巨体の関節に突き入れる。


 一度で済まず、何度も。最初は表面を叩くだけだったそれが次第に深くまで埋まれば、突き刺さった状態から両腕で掴み、関節内側をかきまわした。

 巨体からこぼれる肉に汚れながら、一本の足が垂れたようと破壊活動は止まらず、

二本目を壊し巨体が胴体を引きずるようになって、ようやく少女は巨体から離れる。


 白髪の少女は、なおも動こうとする巨体をながめていたが、立ち上がれもしない様子が確認できると、その場から立ち去った。


 破壊が静まり、建物が破損部分から破片を転がすだけになる頃には、新たな少女が現場に現れる。


 転がる巨体を見て、破壊跡を見渡し、口元に運んだ通信機と話せば、その新たな少女は距離を残して立ち止まり、腰にあった刀を巨体に向けて空振りする。

 ただ、それだけで巨体は中央から分断されて、体勢を立て直そうと動いていた足により姿勢が崩れて断面があらわになる。


 道路の奥から装甲車が近づき、停車後から一様な服装の大人を散らばらせた時には、巨体を一刀のもとに切り伏せた少女は、誰もいない街並みに視線を向けた。






 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――






 来客通知に体を起こす。通路脇にある応答親機に挨拶と先触れを告げれば、玄関扉を開けて、今日の訪問者をむかえ入れた。


「どうぞ、加賀先生」


「お邪魔します」


 訪問者の女性は私服姿である。

 胸元に名札もなければ、服の上下にこれといった形式も見えない。茶髪は髪留めも使わず、肩元で回り癖を付けている。

 そんな女性の手荷物には小ぶりな箱型鞄があった。


「きれいな部屋ですね」


「入居したてなので、生活物資が足りていないだけですよ……」


「それでも無頓着な人なら、三日で床にゴミを散らばらせているものですよ」


 女性の無用な覚悟を聞いて納得を返す。

 実際、新旧問わず買い揃えた家具に隠れて、居間のすみには持ち込みの私物箱が放置されたままである。


「来客も知っていましたし、そこは元の職業柄もありますから」


「確かにそうですね。でも、私なんて自宅は物置になってますから」


「それはなんとも、……お疲れ様です」


 二人は玄関からキッチンを横切りまっすぐ居間に着く。

 最初に語ったとおり、少々の棚に座卓があるくらいの生活感の薄い空間で、温かいお茶を提供した後は対面になって座る。


 そんな次には、医師が小棚にあったアクセサリーに目を付けていた。


「もしかして、あれ、『絶対安全君』ですよね?」


「はい。昔の貰い物なので、詳しくは知りませんけど」


 こちらの視線も、話題になったアクセサリーへと向かう。

 昔といっても約十年、アクセサリーの呼び名に関しては、まだ知ってから一か月も経たないのが実情である。加工痕から既製品を疑っているが調べた中では確かな情報を得られていない。


 ただ、名前を教わった相手が例の少女であったことは印象に強く、眼前の女性と顔を合わせるようになったこととほど同時期であることに、自分の無駄足を感じずにはいられない。


 医師にまで知られている品なら、抱いていた特殊な印象も薄れる。


「先生もお好きですか?」


「この丸っこい輪郭は可愛いですね。転がしても起き上がりそうな感じが特に」


「調べてもわからなかったのですが、どこかで売られていたりするものですか?」


「うーん、限定品か何かだったと思います」


 親指の先くらいの大きさで、大小の球を縦に積んだような形。女性が語ったように全体的に丸く作られ、正面の輪郭だけなら太った豆殻のようにも見えるものだ。


「ああ、待たせてしまってますね。ごめんなさい」


「いえ、急いでいるわけではないので、構いませんよ。先生」


「最低限の診察だけ先に済ませてしまいましょう」


「そうですね。お願いします」


「このひと月、部屋に暮らしてみて困ったことはありませんか?」


「困ったことですか……」


 話題の転機にお茶を口にして、その後は訪問の目的に戻った。


 医師の鞄から端末が取り出す。次々と質問が告げられて自分はそれに答えた。

 飲食に運動習慣、先ほどあった掃除の有無に加えて、本人の不調も聞き取る。できるだけ会話相手に注目する中にも端末を操作する様子があった。


「――っと、こんなところでしょうか。最後に検査装置を使うので、腕を出してもらえますか?」


 指示どおりに袖をまくる間に、医師は鞄から装置を取り出す。


 使用毎に洗浄されるのか丁寧にも包装されており、目の前で破いて装置が取り出される。

 片手で掴める本体部分に対して、横付けされる形で延長可能な接触部がある。携帯性にも優れており、使用時には患者の腕に巻きつけ本体部分に表示される内容を見るのだろう。素人でも扱えそうなデザインだと内心で告げる。


 医師は接触部を改めて殺菌布でぬぐうと、こちらが差し出す腕に装置を当てた。


「ここまで小型のものがあるんですね」


「すごく便利ですよ。小型なぶん機能も限定されますが、手軽なわりに詳しく調べられます。肌の状態から血中成分まで色々。私も個人で持ちたいくらいです」


 本体頭部が点滅して検査終了が告げられ、検査装置から取り出されたメモリチップは、医師が元々持っていた端末に挿入された。


「健康の基準値内ですね。来院の必要もありませんよ」


「それなら安心できそうです」


 ほほえみで伝えられた結果に安堵が湧く。少し前に病院で精密検査を受けているが、新しい結果に一喜一憂するのは、きっと悪いことではない。


 役割を終えた検査装置は、電源も落とされて画面表示も消える。

 収集した診断データの最終確認を待ち、検査装置も鞄に片付けられたところで、会話を再開する。


「そういえば、一人暮らしにオススメの趣味を知りませんか?」


 作業終わりを狙った男の質問に、女性は遅れて応答する。


「……外を歩いて陽を浴びて、というのも一般的ですよね。私も一人暮らしで趣味を考えたりしましたが、結局はサボテン観察に落ち着きました」


「サボテンですか」


「はい。新生活を機に、といっても中々大変ですからね。本当なら動物を勧めたいところですが、ペットとなると生活に組み込むのも後から変えるのも難しいので……、時間も手間も要らずという、水と栄養剤で済むような植物がオススメですよ」


 ものによっては、週一の管理で済む。

 そう語られて、医師の診断室にあったいくつかを思い出す。


「もちろん、鉢ひとつで食べ物を育てるというのもアリです。目標や計画を立てるきっかけになりますから、小さくても効果的ですよ」


「この後で調べてみることにします」


「提案してよかったです」


 趣味のサボテン観察について教わった他には、身近にもならない気楽な会話が続く。医者側からも積極的に生活を聞き出そうとする様子は見られなかった。


「連絡を知って正直驚きました。訪問診断まで任されるんですね」


「どちらかと言えば、連携病院の仕事はこっちが本命ですね。今日が顔合わせになって以降のカウンセリングを続けていく。私の場合が特殊だっただけですよ」


「そのあたりの仕組みは部外秘だったりします?」


「経営寄りの情報ですからね。説明義務もありませんし、私も継続できるかは不明なところでした」


 そんな余談で会話も終わる。


「今日はありがとうございます。次の面談でも色々と相談をお願いするかもしれません」


「いくらでも聞いてください。良い返事ができなくても、リアクションには自信がありますから」


 見送りのために玄関まで進めば、集合住宅の廊下に出たところで医師は振り返る。


「次の訪問まで一か月と長いですが連絡は気軽にしてくださいね」


 そんな締め言葉で小一時間の訪問は終わり、玄関先から街並みをながめていると、そんな姿を医師に見つかる。


 これが、入院した一週間を担当した医師の初めての自宅訪問であった。




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