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姿見に映る室内は、案内された当時から見た目が変わらない。
家具は備え付けのもので事足りる。アメニティ類さえ施設の売店を頼れば困らず、実際に身一つで連れられてきた自分がいる。改めて自宅から持ち込んだ少々の雑貨も、視界のどこかに置くといった程度だ。
自分を利用者だと示す物品は廊下側にある名札くらいのものだろう。
生活に慣れた頃には、自由時間の過ごし方も考えたい。
情報端末一つで足りてしまう性格は、今の体に悪い気がする。自由時間に施設内を回ってみると、共同生活を送る彼らの健康的な趣味が見られる。設備は充実しているのだから、いくつか候補を決めておきべきだろう。
洗面所の方で使った道具も片付け、軽く見回した後には自室を離れる。
軍人時代の朝礼ほど厳密でないにしても食堂では住人と顔を合わせる。平時から余裕がある食席も今日は半数も埋まらず、列を待たずに調理師から受け取れた料理を手に席に落ち着く。
食堂には魔法少女に混ざって、そのメンターとなる大人の姿もある。
一世代も離れない年齢では話題も遠くない。施設内ではメンターによる監督も不必要になるが、そういった都合と無関係に親しくなる者もいる。どちらかといえば魔法少女側の都合で決まる食事の顔触れだが、メンター同士も同じ研究者として共通の話題が無いわけでもないだろう。
「これでメニュー表の一段目は味わえました」
「今回は、カロリー丼Bですね」
「はい、アズサ先輩もガッツリ系ですね」
「こっちは毎日だけどね」
隣に置かれたフードトレーには、決まって朝食に頼むという定食セットがある。気分で足される小皿にはチーズ増しの焦がしハンバーグがあり、魔法少女が消化に悩まされることは少ないのだろうと推測できる。
並んで座るのは、先日、自分を助けてくれた相手だ。
この施設に来た時期が近いこともあり、お互いの自室は隣にある。
とはいえ、同じ新人ではない。前線基地から配置換えされてきたという話なので、おそらく軍での立場も持っている。この施設においても熟練者という扱いであり、この度、自分のメンター役として改めて紹介された。本来は研究者が担うはずの役を任される上に、既に彼女をリーダーとする班が存在している。
対外的には、彼女のメンターである安住さんが兼任する形で自分を担当するとの話だった。
安住さんについては、こちらの事情を知る人物として局長から受け取った名簿に書かれており、顔合わせの後には、件の話の確認として余人を交えない会話の機会を用意してもらった。施設に連れ込まれた当日の夜に会っていたこともあり、雑多な話は省いて元々の身体も見せた。これで自分の方からも話を通した形になる。
普段は介入はせず、あくまで一人の魔法少女として扱うとの文言をいただいた。
「マイさん、見かけませんね」
「多分、布団の中かな。直前に見てきた時はぐっすりだった」
「それ大丈夫なんですか?」
「大丈夫。講義には間に合うから、みんなも心配してない」
「それで、冷蔵庫のあのゼリーですか」
「うん、それ。昼以降は食堂で食べているから問題はないよ」
「私も箱買いに慣れないといけませんね」
「真面目だなあ」
一緒に出動していた者の話題を出しながら
アズサにならって手拭きを使う。
「いただきましょうか」
「はい!」
魔法少女の登場から、はや半世紀ほど。研究自体は継続されても、試験的な導入が終われば軍での正規採用が行われていくだろう。
個人の運用期間が不安定だとしても、怪獣への唯一に等しい対抗戦力だ。別組織として放置せず共同研究より一歩踏み込む形で、軍から幹部級が派遣される状況から正式な配属先へと変わっていく。何より運動機能の向上は喉から手が出るほどほしい特性だ。性別の問題も解消された暁には、標準化されたり、兵科に組み込まれる可能性もなくはない。
もしかすると、一緒に食事をする誰かが正式運用の第一世代になるかもしれない。
そんな期待のある人材に混ざって講義を受ける。
戦闘への意思を示した自分も体だけは頑丈だ。緊急の際には戦闘員に加わるよう言われている。
基礎体力に関しては常人と比べるまでもなく、一応、素手でも怪獣に対して効果がないわけではない。大体は、軍の兵士と共に遅滞戦闘を続けて、間に到着した主力班が戦うことになるだろうが。有望な攻撃能力を持たない者でも、一般人と異なり準戦闘員に含まれている。
講義を受ける間にも、怪獣の出現予測に基づいて現地に向かった仲間がいる。
怪獣の予測外の出現に対する予備戦力も残しており、軍から要請が届けば担当となった数人が施設を発つ。戦闘訓練に参加せず一緒にいられる時間も限られながら、この短期間でも出発を見送る機会はあった。
朝に出動を見れば、昼過ぎに討伐を聞き、自由時間も終わる夕方頃には帰還の報が届く。
医療区間に近く、わずかに薬剤の臭いもする通路で帰還組を出迎える。裏口近くの窓から車両の停車を知り、幾人と同じく身構える。
討伐に向かった者も皆、帰還時点で変身状態を解いている。
怪獣と交戦して誰もが無事に生きられると思わない。それは施設に暮らす誰もが認識しているだろう。重傷の場合には立って歩いたりしないと理解しながら、自室で安らかに待っていられるほど生活に慣れたわけではなかった。
「ただいま」
「アイリ、怪我は無い?」
「大規模な討伐だったから怖かったのか? サツキは心配性だな」
歓声に混ざって、アイりの元に寄る。
最初の遭遇が頼りない場面だったこともあり、以降、この体で過ごす間の人間関係が定まってしまった気がする。
おそらく頼りない姿は生来のもので、環境次第で表立ってきただけ。怪獣に対する知識を深め、望む活躍ができるような日が来た場合には、育てる側として見栄を張るくらいは必要になるのだろう。




