016
私物の詰まった箱が部屋の一角に小さく集まる。
食料品は諦めた。いくら買い溜めが少なかろうと、全てを二日で消費しきるのは無理だった。そもそも引っ越してきてからの月日も短い。少量ずつ消費される調味料などは新品も同然だった。非常食を間食用に向こうへ持ち出すとしても、小分けを選ぶなんて器用な真似もなかった諸々の食料は廃棄直行になる。
二日間の外出期間は前半を準備に追われた。
そして後半、予定時刻に鳴るインターホンが待ち人の到着を伝えた。
「先生、どうぞ」
「お邪魔しますね」
前回と同じく、小ぶりな鞄を持って現れる。
医師としての訪問は当然だが、今回は踏み込んだ話題も話すことになる。
着々と聞き取りが続き、最後に健康診断のための小型の検査装置が取り外されると、その手が止まる。
「ここで変身できますか?」
「はい」
座った姿勢でも不都合なく体は変わる。
直前より大きく映る相手が、検査装置の記録媒体を入れ替えて再度の装着を試みる。
「サツキさんの体も健康そのものですね」
「同じ装置で測れるものなんですか?」
「そうですね。検査によりけりですけど仔細を求めなければ。……実験棟の方にも大きな機器が置かれていますが、それだって一般医療とさして変わりません。さすがに今日のこれは毎回の記録に使うには足りないものですよ」
人間用の検査装置を魔法少女に用いる光景を見て、気付けば質問をしていた。
「大見さんの場合は特に変化を意識してしまうはずです。変身前後で体付きから何から変わる事なんて異例ですから。大抵の子は、変身すれば強くなるといった普段からの拡張として考えていますよ」
怪獣と戦えるようになるほどの変化を受け入れる。見習いたい気丈な精神も、養成機関という形で優れた人材が選出された結果かもしれない。
どうあろうと各人の資質に違いない。同一検査が可能である以上、現実として生理学的な違いが少なければ、変身自体に悪感情が無いとしても不自然ではない。
「魔法少女についての知識は、全くですね」
「それは、これから学ぶものですから。幸い、支援部隊出身とのことで怪獣関連の知識は実証済み。一から積み上げるより楽だと思います」
「……手元にある物だけでも、教材を見返しておきます」
魔法少女への応急処置が禁止されるといった文言もなければ、一般人と大差ない。
支援部隊の規則を思い出せても、知識の抜けより関連付けの甘さを思い知らされる。
「学ぶといえば、専門の教育施設がありませんでしたか?」
「はい、あります。魔法少女になる前の候補生が通う場所ですね」
既に魔法少女となった者が加わるのは公平性に欠ける。教育施設に送り出すという手段は真っ先に除外されただろう。加えて、自分の場合は特に性別や偽名の問題があり、個人情報を隠すためにも書面上の処理は減らしたい。
非正規の魔法少女の処分は、今の主任のように現場の判断で済まされているのかもしれない。
「行ってみたいですか?」
「いえ。叶うなら、行かない方向でお願いします」
「と、冗談はさておき。教材の方は私がどうにか入手します。現状確認のためにも学力試験は受けてもらいますよ」
「しっかり対策しておきます」
自分が今の環境に留まるために必須だ。それを越えなければ魔法少女でいられない。
答えを聞いた主任の視線が周囲に移る。
部屋は客を入れる程度に家具も残してあるが、小物を片づけたために生活感は薄れた。隅には荷造りの結果も見えており、転居という雰囲気は隠せていない。
「この部屋は解約できないままですね……」
「真っ先に教わったことですから。どのみち郵送物の確認は必要なので、今後は人に見られたくない物を隠す場所として使っていきますよ」
新しい生活の場を得たことで、自宅を訪れる回数は格段に減る。
長期間無人になるというのは設備面や防犯上でよろしくないため、部屋の鍵は管理人に預かってもらう。その旨は既に伝えてある。
離れる際にも工夫は必要だ。
ここの住民は男だと知られている。少女一人を偽装するためには、荷物を積み込んだ後に一旦別れるくらいの手間は求められる。
「それよりも、荷物を運んでもらって本当にいいんですか?」
「半分そのために来たんですから! 遠慮せず運ばれてください」
変身状態になって駐車場で再会した後には、主任の運転で基地の方へ向かった。




