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015




 局長室に仕事の呼び出しが届くこともなく、会話は順調に進む。


 自分がここで生活することについての相談も一段落すれば、細かな質問を受けた主任も口は休まる。

 相手の立場もあって限られる面会の機会に必要な質問を済ませておきたかった。


「先生。この姿の魔法少女は、過去に実在していないと思って大丈夫でしょうか?」


「……それは」


 当初から考えていた疑問でもある。


 男が魔法少女になった前例がない。

 ならば、魔法少女が別の姿に変わった例は?


 主任にとって想定外の質問だったのか、答えが届くまでには明確な間が存在した。


「少なくとも、この施設の所属にはいません。他支部や古い記録も探してみますが、その可能性は低いと思いますよ」


「そうですか」


「断言できず、すみません」


「いえ、少し安心できました」


 魔法少女の能力か、あるいは怪獣の特性か。何かしらの理由で、現場にいた魔法少女に自分という存在が焼きついたと考える方が理屈に合っていた。

 そうであれば、同じ外見の少女が活動してきた記録があるべきであり、主任が否定したということは、ここ一帯での活動記録はまず無く、該当するような能力を持つ魔法少女も実在しないのだろう。


「こんな相談は他の誰にもできません。先生がここにいてくださって助かりました」

「その、私で良かったの? 身の上だって隠していたのに」

「はい。これからもよろしくお願いします」


 医者の件は過ぎた話だ。これまでの経緯も権限に則れば非があるのはこちらだけ。観察対象として組織に利がなかったとは言えないが、主任個人が積極的に保護する必要は無い。

 目の前の人間に対しては恩義しか残らない。


 主任と別れて一度自室に寄り、着衣を改めた後で共同空間の方に戻る。


 魔法少女は気軽に外出もできない。

 必然的に長く過ごすことになる施設では、快適な環境づくりが目指されており、教育課程もとうに終えた彼らの自由時間には、個々人に合わせた技能実習が行われている。

 研究員と並んで歩く姿も、ここでは日常なのだろう。


 戦闘能力が低い自分は、施設運用や維持管理の雑務の見習いから始めることになるが、彼ら魔法少女たちの生活風景を覚えていくことも優先すべきだった。


「アイリ! さっきはごめん」


「お。主任との話は終わったのか?」


「うん。怪獣退治じゃないけど、以前に顔を見かけたことがあって」


 広間を通り過ぎる間に見知った顔を見つける。相手は一画に置かれたマッサージチェアの一つに身を預けており、他にも利用者の姿があった。


「あの人、付き合い広いからなあ。探しても見つからないことが多いぞ」


「部屋の方でも忙しそうな感じだった」


 深く座る椅子は大人用で利用者の体より二回り大きい。腕置きまで付いた高級仕様は空間の余裕をよく見せていた。

 しっかり揺らされているアイリは、顔を向けて隣の利用者を示す。


「こっちはキョーコ。今は前線帰りがいるからあれだけど、うちのエースだぞ」


「う゛う゛う゛」


 紹介に合わせて、アイリの隣から震えた声が届く。


 こんなナリだけど、と最後に付け加えられた少女は、アイリと並んで椅子に体を深く沈めている。薄い運動着でタオルを首元にかけており、健康的に焼けた肌がある。視線は一度合ったきり、今では目を閉じてマッサージ機能を全身で味わっている様子である。


「たぶん、この施設も一撃でぶっ壊せるんじゃないか?」


「それは無理」


 アイリの解説にも疑問は湧かない。

 敵となる怪獣の大きさを思えば、建物一つを壊せるという話も嘘にはならない。


「どんな能力なんですか?」


「最強」


「格闘戦じゃ負け知らずだな」


 キョーコと呼ばれた少女は手を持ち上げる。


「手」


「ひぁ!」


 呼び声に応じて差し出した手は、相手に握られた直後から細かな振動を受け取る。思わず声を上げると、アイリが笑って見ていた。


 手が離れると伝わってきた振動も止まる。


「その。大宮サツキです、よろしくお願いします」


「私はキョーコ、よろしく」


 挨拶をすると気軽な声が届いた。


「そういや最近、自転車を買ってあげたんだったか?」


「ちゃんとしたやつ」


「以前みたいに公用車使わせた方が恵ちゃんも楽だろうに」


「そこは動力付き」


 話を聞いていると良い買い物をしている。生活環境が整えられえている分、用立てする場合は趣味の割合が多くなるかもしれない。


「……休みの日にはメンターと庭を走り回っている。ちなみに絶対追いつけないぞ」


 説明が済むと、あいりは身を起こす。


「もう行くの?」


「明日は当直だから、話せる内に話しておこうってな」


「そか」


 話はそれきりで、あいりは自分を誘うと移動を始めた。


「新しいアクセサリー付けているんだな」


「うん、前ものは失くしてしまったから」


「そうなのか。……今からでも探しにいってみるか?」


「たぶん怪獣との戦闘が原因だから。結局、死骸も揚がってこなかったし回収は諦めるしかないと思う」


「大切な物だったんだろ」


「でも、新品も悪くないよ」


 確かに、これまで身に着けていたアクセサリーを失くした。

 だが、あくまで複製された方を失くしただけで本物は今でも自宅の方に保管してある。片方を失くしたのは問題だが、今後は買い足せる新品を身につけておけばいい。入手方法も知ったことで私服の間も気軽に飾れるようになった。


 自分が魔法少女になった原因でもある事故の時点で、寮に保管されていた私物入れには間違いなく本物のアクセサリーが収まっていた。

 当日に装着すらしていなかったアクセサリーが複製された。およそ外見では区別が付かず、そこにある確かな違いは入手経路だけ。


 変身を解いた当時の姿も異常と言っていい。

 外で着るはずのない寮内の服装に、服飾規定を外れたアクセサリーを付ける。異常な組み合わせだった。


 おそらく、事故現場には当時着ていた部隊装備一式が瓦礫に混ざっている。自分の本当の肉体も、もしかすると部隊員と共に建物崩壊に取り残されたかもしれない。

 けれど、自分が複製物だとしても過去の出来事は変わらない。自分という男を助けた魔法少女がいた事実は、本物のアクセサリーが物語っている。




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