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014




「お願い! これだけは無理なの!」


 二人きりで個室に入ると、女性のその一言から始まった。


 広いともいえない一室には、各所に放置された資料の束が、操作端末のそばには書きかけの書類まで散らばり、机のわきには役職を示す置物まで置かれている。

 そして少女の目の前には下がった頭があった。


「名義詐称は、さすがに庇えません。戸籍の手配も私には無理です」


 まるで、こちらが無理強いしたみたいな言動だが、内容といえば相手方に不必要な作業ばかり。相手に一切の非はなく、立場を含めて責められるべきは自分である。

 それでも謝られるのは、今の容姿が原因かもしれないが。


 ちなみに、検査で話題にした対怪獣用装備は維持設備抜きでも最新の迎撃誘導弾より高価だという。


「えと、先生?」


「本当に、大見イツキさんであってます?」


「はい。間違いなく」


 答えを知った後のため息も、安堵のそれに聞こえた。


「やっぱり、分かりますか?」


「書類の内容を見て気になったの。最初から疑ってはいたけど、どうして……、こんなかわいい見た目に」


「自分でも全く」


 理由が何にしても、こんな現象に出会わなければ、普通兵として現場で死亡していた。


「一度、変身を解いた方がいいですよね?」


「いえ」


 真偽の証明は言葉で十分らしく、提案に首が振られる。


「できれば、このまま施設にいる間は隠せませんか?」


「おそらく大丈夫です。この期間は一度も解いていません」


「それはずいぶん、持続時間が長い」


「普通の変身は、どのくらい続くものでしょうか?」


「人によるけど二時間が目安かな。短い人だと十数分も続かない」


「とすると、これが自分の能力でしょうか……」


「……かも」


 自問に近い質問に答えが来る。

 際立った能力は確認できない。直前の検査結果も既に共有された先生の答えだ。

 変身状態を長く保てる。怪獣への対抗手段として火力が望まれる中では足りない性能でも、日常的に体が頑丈というのは他にない利点でもある。


 少なくとも、三日近く継続している。

 だとしても永続するかは不明なままだ。四日五日となると事前に試しておらず、休憩時に人目を避けて変身を解くぐらいの用心は必要になるかもしれない。


「主任は、どうして、自分の担当医師に?」


「帰還時の検査結果に異常があったので、最初は確認として呼び出されていました」


 それが、どうして退役までサポートすることになるのか。


「もちろん、異常というのは怪獣の力を浴びたというだけで、あれほどの被害では当たり前に起こることです。それでも時間経過で薄まるはずの数値が保っていたから、何かしら影響があると思って。経過観察まで行うなら、いっそ自分で受け持ってみようと思いまして……」


「そういう経緯でしたか」


 意図的に情報が隠されていたというのは、患者の納得はともかく軍として妥当か。

 患者なんて門外漢だ。いざ自分のことになると医師のため息一つにも疑ってしまう。情報に扱い慣れた医師でもなければ各種の数値を誤解してしまうもので、異常と言われないかぎり患者が細かく質問するなんてこともない。

 たしかに経過観察だけなら軍に留めておく必要もない。正式な観察対象にするとしても成果がなかった場合には手続きの面倒が残るだけだろう。

 体調確認は元々退役処理にある。研究要素を含めるというのはわずかに怪しい気もするが、軍人にも国防に関わる情報提供の義務がある。規則を突き詰めたところで不毛に終わるだけだ。


 むしろ、直接面会していることが主任としての本業を邪魔していないか心配だ。


「以降の面会はどうしますか?」


「予定通り、自宅の方で行いましょう。その姿だと落ち着けない話も、……ありますよね?」


「はい。元をどちらと答えるなら、やはり向こうですから」


 魔法少女でいられるのは悪いことではないが、本当の自分を忘れるわけにはいかない。


「ここでは、サツキさんと呼ばせてもらいますね」


「ご配慮ありがとうございます、……優香先生」


「その姿で言われると、すごく大人びた子みたい」


「みんなと比べると、十年ほど積み立てがありますから」


 ここまで話して、ようやく呼吸が落ち着く。


 覚悟していたはずだが、現実となると適切な対応なんて考えに及ばない。

 少なくとも、主任個人としては今の状態を認めてくれている。その上で話を進めてもらえることには感謝しかなかった。


 話す機会を得た。ならば、自分の待遇問題について早急に解決すべきだ。


「先生から見て、これからの自分は、どのように過ごすべきでしょうか?」


「まず、サツキさんは、どの程度を考えていますか?」


 単なる力を得た少女なら簡単だが、そこに性別問題が加わると途端に難しくなる。

 この施設の案内を受けた段階で、男性を受け入られる体制でないと分かる。大の大人、それも男が少女に混ざって活動するのは現実的ではない。ともすれば前線基地に所属するという上の年齢層に混ざるのが改善策だが、実力と実績で運用以前の不都合がある。


「元々無断で活動していた身なので、こうして保護された後は、正直、諦めることになっても仕方がないと考えています。力を使わない条件で、一般人として解放してもらうというのは可能でしょうか?」


「かなり難しいです。検査で力の有無も判明してしまっています。そうでなくても、魔法少女が管理下にない状況は好ましくないので」


 当然ではある。

 悪用されないとしても国として望ましくない。自分の場合は既に悪例だ。厳重注意で解放できるほど軽い問題ではない。力を完全に隠しきれなかった時点で論外な話だろう。


「魔法少女の引退制度も利用できませんか?」


「その制度の適用は、力を失った場合に限られます。無理筋で通すにしても、この場だけでは済まず、別の施設で綿密な検査が行われることになります」


 引退制度を借りても、力を持つかぎり引退は認められない。

 結局、生活する場合と同じ問題が関わってくる。


 行き詰まりの状況を声にもらすと、主任の方でも表情に陰りがあった。

 制度に詳しい分、自分より現状の厳しさをより実感しているのかもしれない。希望に沿う具体案を出せず、相手への返答が否定ばかりになろうと、一方的に告げるのも気が重いことだろう。


「今日まで兵士が同じ症状にならなかったのが意外です」


「前例がないというだけで、ここまで影響するとは思っていませんでした」


 魔法戦士なんて呼称されていれば、今の事態になっていない。

 もっとも魔法という名称が付くかは不明だが、そういう話だ。


 とはいえ、怪獣の戦闘に巻き込まれて魔法少女になるだけですむなら軽傷の内とも言える。死亡どころか怪獣の能力も相まって悲惨な状態になる場合もあるのだ。

 検査結果が異常という状態では、担当医としても原隊復帰の処理が認められなかった可能性まである。


「現行の制度も、問題の洗い出しを行っている段階ですが、新しい項目となると即時対応というのは難しいです。次弾は外部での観察制度も盛り込むべきかもしれません」


 主任が語るように制度も社会に適した形へ改変されていく。世代が進めば、魔法少女たちの待遇も施設に閉じ込められる状況から変わる。施設で職業訓練が行われているように、いずれ新たな怪獣対策が生まれて、魔法少女の力は多方面に活用されていくのだろう。


「サツキさんは、……いえ、サツキさん。その力は、何も怪獣だけに通用するものではないはずです。どうして怪獣と戦おうと考えたのですか?」


 主任は姿勢を改め、話を切り出す。

 質問の内容は異変を経た自身が最初に考えたものだ。


 運動力の増大。耐久性もろもろ。たしかに性能だけを見れば活用先は怪獣対策だけに限られない。多方に活用されるべきとも考えられる。


 ただし、自分の理由は単純なものだ。


「これが魔法少女の力だと自覚してしまったからです」


 見下ろす両手、まるで鍛錬の証もない未熟な体付きでも。

 それでも本来の自分より強固で信頼できた。


「力が弱くても、弱い怪獣には立ち向かえる。勝ち目がないなら、せめて、住民の避難の時間を作れるくらいになりたい。そうありたかった」


「死ぬ危険もあるというのに?」


「無謀を覚悟してなければ行動できませんよ」


 たとえ理念が良いものであっても、実現できなければ無駄だ。


 戦闘に加われない時点で、個人の努力で済む段階にも届かない。このまま過ごそうと大半を目標以外に費やすだけ、どのみち自分が思う魔法少女でいることにはならない。


 目で見たものだけを信じた。純粋すぎる考えが原因なのだ。

 軍人でいた頃から戦闘に加われない魔法少女の存在も遠からず知っていた。戦場にいるだけが全てではない。人々を守る存在という勝手な定義付けさえ正されるべきだろう。


 主任の言葉も理解できる。魔法少女の一人として意見を示す。戦いを選べない者がそれぞれの生き方を探しているように、怪獣への対抗手段、怪獣から住民を守る存在という認識もまた方針を決める中では参考にされる。とはいえ、非力を前提にすると何も実現できない。


 個人の感情はともかく、必要なことは成果だ。

 その個人が成果を出せずとも、組織に組することで成果を出す誰かの支援になる。


「……やはり、サツキさんは魔法少女でいるべきです」


「ここで暮らして大丈夫なんですか?」


「大丈夫も何も、受け入れやすい施設が別にあるとしても、送り出すような真似はできません」


 収まる場所が一か所あるだけでも安心だが、組織側の負担が少ない案も考慮すべきだと思う。とはいえ、この場での提案は強制に近いため、状況が落ち着いた頃に再提案があるかもしれない。


「逃げられない以上、やるしかないんです。もちろん、私も支援はしますが、サツキさんにも自助努力は求めます。これは制度ができあがるまでの時間稼ぎです。形さえ整ってしまえば、その後はどうにでもなります」


 どうも男の魔法少女がいると公表するのは性急な行動らしい。

 必要なのは時間稼ぎで、守るべき相手は今後現れるかもしれない自分と似た境遇の者だろう。


 たとえ希少な確率だろうと実例が確認された時点で組織は対策しないわけにもいかない。事務的な手続きが求められるなら制度の準備も必要になる。

 余裕がある内に体制を整える。そのために自分の女装は義務に変わるわけだ。


「さいわい、ここは独立採算を目指して設置された研究所で、局長権限を使えば、かなりの融通を効かせられます。給与面についても、魔法少女や職員を従業員として一括管理しているので、会計記録には残っても目立たない形で処理できると思います」


 告げる主任には力の込もった両手がある。


「そのためには情報を開示する必要がでてくる……」


「ええ、どこまでの範囲を許してもらえますか?」


 ここまで譲歩されると拒否できない。

 勝手な趣味に先生を振り回させるのは失礼だ。


「この施設に留める上で必要と感じた場合、先生の判断で自由に行ってください」


「わかりました。……ただ、広まってしまった場合に、責任が取れない部分は出てくると思います」


「覚悟の上です。そこで不満を言ってしまうと何も解決しませんから」


 その場の都合で隠す判断をしただけで、男である事実を隠すのは絶対条件ではない。

 これに関しては、最初に騙して関係を持った自分が悪い、勝手に広められても文句は言えない立場だ。


「今のところ私と数人の研究者、会計係の者に伝える予定です。多くとも十人には届かないので、後で送る名前と役職を記した資料は確認しておいてください。追加があった場合も、事後の形で報告するようにはします」


「お手数をおかけします」


「これは私がしたいことですから」


 この会話中に考えたにしては具体的な内容だ。


 自分がここを訪れて二日目。仕事の合間に考えたとしても細かい。

 最初からこの話にもっていくつもりで、あるいは候補をいくつか用意して会いに来た。何にしても、同年代で施設の責任者になっている時点で、頭の出来は比べるまでもない。


「サツキさん?」


 声に目を向けると、先ほどより顔が近い。

 落ち込んだ内心を悟られたか。


「ところで、精神が多感な年齢層に混ざること自体に問題があるとは言わないんですか?」


「だって、どう見ても、サツキさん女の子だし」


 たしかに変身状態では身体的特徴も女性と似通う。おそらく外観から区別するのは不可能だが、それはまた別の問題だ。真実が広まった場合には周囲の反感を自分が受け取る。これは責任が取れないという話に含まれている。


「そこは大人としての裁量に任せます。倫理的にまずいと思った時には相談してください。表で話を持ち出さないと思いますが、事情を知った相手に話せば、いくらか対応してくれると思います」


 生活空間に混ざる件は今後も注意すべき要素に違いない。

 決して一人で解決できるものではなく、周囲で助けになる人間がいるだけでも大きな余裕につながる。


 変身状態の維持には未確認な部分がある。回避できるところは回避する。

 極端な対応をしなければ個人の性格で済まされるだろう。施設で暮らす魔法少女も様々だ。各自の個室が設けられているように性格面を考慮して各種設備も個人利用できる。極端を言えば、周囲と関係を絶った生活ができないこともない。


 肩身がせまい状況でも生きていける最低限の保証がある。年月経過で力を失う頃には男向けの制度も試行されて、その頃には素直に解放させてもらえるだろう。

 これまでの魔法少女の情報を読むに、年齢的にも二十年も続かない。早ければ数年の我慢で済む。




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