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012




 午前の聞き取りを終えて会議室から出た通路に人を見つける。


「サツキ、話おわった?」


「うん。待ってくれていたの?」


「まあ、な。それより昼まで自由だろ。次どこ行こうか?」


 長椅子に座っていたアイリは触れていた端末を服にしまう。


「わざわざ部屋の前で待たなくても、私の方から会いに行くのに」


「それだと他に取られるだろ。結局歩くならこれでいいんだよ」


「心配ないと思うけど……」


 施設の日常業務は欠かせず、優先的に扱われるとしても少女の予定には隙間時間が増える。そんな事情を聞き取った上で頃合いをみてアイリが現れている。

 中断されていた施設案内を再開するように、再び少女の手を引く。


「ここって売店あるんだね」


「気になるなら、行ってみるか?」


 正式な所属が決まるまでの一時的な滞在とはいえ、直前には施設の紹介も受けている。日常生活を完結させるために設計された施設を一度で説明するのは難しく、広報誌のような資料を部外秘として受け取っていた。


 そんな少女を、アイリは建物の正面玄関まで連れ出した。


「はい、到着」


「ほんとにある」


 外から見える棚の並びには市販品を大量に見る。商品こそ市街のそれと変わりないが、建物の一画を借りていることもあって本来看板に等しい屋外照明が存在していない。


 生活の最低限が保証されるとしても、それ以上のサービスは購入制を基本とする。とりわけ閉鎖的な面が多い魔法少女にいずれ必要となる、社会復帰への負担を減らす目的が含まれていた。


 端末一つで片付くものでも自ら手続きを行うことに意味があるなら、選択の自由を与えるために、部分的に外部を頼るのは自然な発想だった。

 食堂でも同じ役割を果たすが、日用的に消費する食事では嗜好品ほど特化できない。


 アイリは、館内の売店を、通販で買うより時短できるのが魅力だと告げる。


 贈呈用の高価な菓子箱やジャンクフードが半分を占める光景に、客が職員か魔法少女しかいないこの店の販売傾向が見てとれた。


「このアクセサリー……」


 商品をながめている途中、少女は見知った物を発見する。


 大小二つの球を繋げたような柔らかそうな外見。人工物らしい部品を組み合わせた形状を色付けによって表現している。

 それは少女が持っていた物より、いくらか細かに作られていた。


「ああ、限定品だよ。”絶対安全君”。……そういえば、サツキも同じようなアクセサリーを付けていたよな?」


「うん」


「そっか」


 アクセサリーの話題は短く終わる。

 それを持っている時点で魔法少女との過去の関わりに気付く。少女から名前や活動名を話題にしない段階で、元の持ち主の遠くない予想はできてしまう。


「……私も戦えるようにならないとね」


「応援してる」


 沈黙をさける少女の感想には、アイリも反応があった。


「ところで、包容力のある見た目だよね。サツキは可愛いと思う?」


「たぶん可愛いかな」


「そっか! ……いや、もしかして駄目なヤツかも」


 楽しげな表情に続いて、呟かれた言葉は少女の耳によく届いた。


 アイリから施設での暮らしぶりを教わるうちに時間は過ぎる。

 予定従って通路の長い別棟へと移れば、事前に知らされた部屋に入る。奥側の壁がガラス張りになった室内では、白衣姿の三人が壁寄りにある情報端末を操作していた。


「遅くなりました」


「時間通りですよ。サツキさん。準備が整うまで少し待ちます。先に説明を済ませてしまいましょうか」


「よろしく、お願いします」


「私、見学ね」


 部屋の利用者は、おそらく十人も想定されていない。


 数少ない椅子も少女が入ってきた入口側の隅に置かれるくらいで、アイリが跳ねて座るだけで定員の半分が埋まる……、かに思われたが、場所を取らないよう丸椅子は縦積みされた状態であった。


「この後、実際に変身してもらいます。隣の扉から実験室へ下りてもらえれば。あとは、こちらから合図を送りますので、用意した標的に攻撃してください」


「ここまで大規模な準備をしてもらって、すみません」


 少女がいる部屋は観測室であり、ガラス張りの向こうには、床を一階分掘り下げた広い空間がある。職員が求めたように、魔法少女の能力テストに使えるよう全面が強固に作られている。


「能力についての事情はうかがっています。……今から行うテストは、実践的な筋力測定も含んでいますので、特異な攻撃を持たない場合も、一度は攻撃してもらうことにしています」


 目の前の職員は、視線を合わせるために少し身をかがめている。


「離れた後も音声は届くので、分からないことがあれば、気軽に教えてください」


 手渡された通信機を少女は受け取る。武器の貸出もあるという話も聞いて、少女の心配も珍しくないものだと知らされる。


 そうして観測室から横の通路を使って降りて、実験室の中央に立つ。

 部屋を離れる直前には見学席から応援をもらっていた。


「本当に、これを殴るんですか?」


「はい」


 質問への返事の声は、天井近くのスピーカーから届く。


 広い空間に唯一置かれている物に違いない。

 人間サイズと標的としては最適だが、少女には見覚えのある外見だった。


 大小二つの丸を積んだ、丸みを帯びた外観。

 アクセサリーとして販売されていたキャラクターである。魔法少女以外に知らない。広報でも紹介されていないそれが、目の前に存在している。


 ”絶対安全君”は、魔法少女の標的として扱われている存在だと知る。


「硬さを確かめたい場合は、手で触れてみても大丈夫ですよ」


 そんな提案の声に、アイリが横入りする。


「サツキ、大丈夫だ。丸っこい見た目でも、しっかり受け止めてくれる。私も初めての時は、どれだけ頑張っても壊せなかったからな」


 自立している標的は、触れてみると柔らかい表面がある。

 弾力層も複数重ねた構造は、たとえ素手で殴っても負担は少ない。少女が力を込めた手はわずかに埋まった。

 重量もそれなりに大きく、もたれかかっても急な転倒はない。


「変身できますか?」


 少女は指示の声を聞く。


 衣装は即座に入れ替わり、次には手元に杖を出現させる。最初に距離を取り、走る勢いを込めて標的の胴を叩くと、確かに衝撃音が広がった。


 標的はわずかに跳ね、着地の後には転倒して床を少し転がった。




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