010
出現した怪獣への対処は最寄りの基地が担当する。
正確には地区単位で定められた境界があるものの、基地同士の連携もあれば指揮系統の下部に位置する兵士には意識できない。
もっとも、個人が移動できる範囲で担当基地が変わることはなく、魔法少女と共に運び込まれる場所は、少女の住宅から最も近い基地になる。
一度、現場の司令部で停まった車両には、新たに数人が乗り込んだ。
複数台に分かれたために、同乗する魔法少女の数は六人と少ない。親元を離れる前の年齢ともあり半数には保護者が付き、指揮官と見られる人が搭乗したところで車は再出発した。
口答の体調確認が済み、定型のような業務連絡も過ぎる。
左右向かい合わせの座席は車内を簡単に見渡せ、最奥にいた少女の元にも視線は届いた。現場を遠のき、それぞれが変身を解くのに合わせて、自分も普段着に変える。
停車中に話し相手になってくれた人も今は運転作業に戻り、交代のように戻ってきた魔法少女が横に並ぶ。
車内は常に無線連絡を聞き分けられる状態にある。
私語の少ない車内は、少女がかつて知るそれと変わらない。
侵入規制を出たあたりで、中断されていた話題を持ち出した。
「あの、アズサさん? 私は、この後どういった扱いになりますか?」
「そうね。説明の続きをしないと」
告げたアズサは視線を移す。
すぐ近く。
左右の座席ではなく、唯一車両後方を見渡せる位置にいる。安全ベルトを装着する中でも片手で補助グリップを掴む女性である。
「常村二佐。在野の魔法少女の処遇を教えていただけませんか?」
「……そうだな」
車内で唯一、軍隊の帽子をかぶった相手は手元の端末を視線から外す。
頬までの髪をわずかに両耳へと流しており、強気な目が改めて少女を見る。
アズサに呼ばれた指揮官の女性は、一度、口元に手を当てると頷いた。
「サツキさんで合っていたか? 到着後には、聞き取りと軽い身体検査を受けてもらう。それ自体は短時間で済む内容だが、今の移動時間を含めると終わるのは夜になるだろう。さすがに未成年を夜中に外出させるような真似はできない。食事や宿泊場所については、こちらで提供するつもりだが、丸一日は拘束されると考えてくれ。申し訳ないが、急用がある場合でも断りの連絡を入れてもらうしかない」
相手が一度話を止める。
少女は聞き逃していないことを頷きで示すと、目元にわずかな緩みが生まれた。
「一番重要な話になるが、原則として魔法少女は寮生活を強いられる。これは訓練学校を経た者なら最初に教わる事だが、君には関わりのなかった事柄かもしれない。君の生活実態についても確認させてもらうが、正直に言うと、これまで通りの生活は期待しないでほしい。我々としても相談はいくらでも受けるが、制度上の問題なので解決策は示せない」
この辺りの話は魔法少女になった当時に調べており、直前にも現役の魔法少女から教えてもらい、少女も大まかな予想はつけていた。
拒否しようと認められない。ならば諦めるほかない。
「分かりました」
「すまないな。……だが、悪い話だけでない事は覚えておいてほしい。少なくとも、個人に対する福利厚生は手厚い。軍人とも似て給与面でも多少の優遇がある」
今後の予定から話題が移る。
これから始まる寮生活ついても軽く説明してくれるらしい。
公開情報から想像するにも限界がある。生活の実態までいくと機密に含まれるのか、外部では知りようがない。これから経験して理解する内容であっても、実際に携わる人からの説明は大まかな指針だけでも参考になるものだ。
「戦いに加わらない場合でも、最低限の生活は保証されるから安心してくれ。何より魔法少女の能力は個性が豊かだ。それぞれの特性を生かすための訓練環境は整えるし、今の研究課題もそれに因んだものが多い。……もちろん怪獣の撃退に協力してくれるというなら、我々も鍛えるための環境づくりは惜しまない」
現状、怪獣への対抗戦力として期待されているため、当然、魔法少女の能力評価もそれに応じたものになる。戦闘に寄与する術を探るのは、一度は行われるべきことだ。
「……まあ、こんなところだろう」
「ありがとうございます」
「細かい質問があれば、後にでも皆に聞いてみるといい。ここには経験豊富な者がたくさんいるからな」
「はい!」
「良い返事だ」
名前に続いて短く挨拶を行い、最後に小さく頭を下げる。
見渡してみると六人の内でも性格の違いが感じられる。片手で反応してくれたり、視線だけ向けてくる者もいる。少女は車内の顔をひと通り見た。
話し終わった指揮官は、座席横に置かれた端末を手に取る。
出発前後とも違う動作は、帰還しない間にも指揮官に休みが無いことを示しており、基地の方でも、通常業務に加えて、受け入れ準備が進められることになる。
車の揺れに合わせて、指揮官の女性が小さく動く。
基本的に大きな道を利用する傾向があるが、規制範囲を出た事で一般車両と混ざり、信号による停車も増えた。
移動は順調に進み、夕方には軍事基地に到着する。
少女は対面の小窓から、確かに敷地の検問所を通過するのを見た。
敷地に入ってからの景色には見渡せる広さがあった。
一般の立ち入り可能な区域と同じく綺麗にブロック舗装された歩道が存在しており、空いた土地には芝生が埋まる。雨の日でも泥に濡れず、砂がまかれたような通路も歩かずにすむ。
「皆、今日はご苦労だった。明日からも忙しい日々が続く。食事の後は早めに寝て、ゆっくり休むように」
停車後には、指揮官が苦労をねぎらう言葉を告げる。
下車した建物脇からわずかな移動で屋内に入った。外灯に照らされる外では、風通しの良さそうな林が隣接しているのを少女は見た。
建物内観は白系統で包まれており、病院のような引き戸型の扉が並ぶ。アズサの後について通路を進むと、少女はロビーような空間に行きつく。
全体へ繋がる回廊の中央には吹き抜けの広間があった。
柱や横長のプランターで仕切られた広間には、テーブル席が並び何人ものくつろぐ姿がある。奥側には二階へ続く階段があり、直上から届く夕方の光が白色灯に負けない柔らかな暖色を作り出していた。
「ここが私たちの暮らす場所です」
「なんというか、清潔そうなところですね」
少女は直前に同行していた者以外の魔法少女だろう者たちを見る。
表で談笑する姿は、管理下の共同生活が必ず悪いものではないことを示しており、勤務終わりになる夕方過ぎでは、施設を自由に歩き回る様子がある。
「うわっ、サツキ!?」
広間の方から大声が響く。
緩衝材の詰まった椅子に身を伏せていた一人は、立ち上がると少女に駆け寄る。
「アイリ……?」
「本物だな」
体を両側から掴むと次には抱きつき、勢いのある動きに少女は体が一歩引き込まれる。
「こっちに来たんだ」
「アイリ。ごめん、諦めきれなくて」
「良いんだ。今日のはデカイ奴だったろ。怪我の方は大丈夫なのか?」
「……うん。何ともないよ」
全身を触れて確かめようとする中では、袖の内まで覗きこまれる。
怪獣に対する攻撃能力に乏しい少女も魔法少女としての身体性能はあり、損傷への耐性に加えて、影響が表面に留まる程度の軽傷なら次第に修復される。
現在の少女に出血などの症状もなければ、後遺症に悩むような傷も存在しない。
今回の事件に関しては、出撃した魔法少女に被害は出ていない。
「こら、アイリ。隠していたのは、お前だな」
「う」
背後から近づいた指揮官が、あいりの頭に手を落ろす。
「魔法少女とはいえ民間人を危険にさらしたんだ。悪いと分かっているなら、次からは正確に伝えること」
「はーい」
片手で頭を抑えたあいりは、返事の後にその場から離れる。
「あ! サツキー。今度一緒に食事しようぜ」
「……まったく、本気で理解しているのやら」
去り際に満面の笑みで告げられた言葉に、指揮官が溜め息を吐いた。




