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 点検時にしか使われない屋上に設置物は少ない。

 この店舗屋上に限れば、落下防止の柵と空調機器、防災用の貯水タンクだけ。電波支局も無ければ、余った空間は広い、面した道路も楽に見渡すことができる代わりに、長引く待機の暇を埋めるような発見物もなかった。


 怪獣の活動再開を警戒し続けるのも難しければ、儀礼刀を振るって戦闘していた魔法少女も今では座り込むだけになる。


「今まで言い損ねていましたが、追われていたところを救っていただき、助かりました」

「それは、お互い様です。私も、本体の居場所を教えてもらわなければ、今でも戦っていたかもしれません」


 着替えのために一時は身を隠した少女も、逃亡を疑われないまま魔法少女と共にいる。


 それは自身が攻撃に関わり、怪獣の生死を見極めなければならない今の経緯を作り出したこと以上に、今後に待ち受ける出来事への覚悟も含まれていることだろう。


「長くなりそうですね」


 魔法少女は告げる。


 怪獣自体の大きさに加えて、霧を常に発生させるような異常な特性さえ持っていた。本体部分が地上に出現しないまま破壊活動を行うようでは、死骸も確保できなければ死亡は確定されず、当分の活動停止を確信するにも時間だけが頼りになる。

 一定戦力の現場待機が必要になる、面倒な決着になった。


「……はい」


 今回の怪獣は、元々大きい規模が予想されていた。


 一帯の地区を封鎖したように、相当な数の支援部隊も派遣された。

 事前準備は当然。軍が連携のために設営や人員の情報共有を行うように、十数も集まらない魔法少女なら担当外からの派遣であっても顔合わせくらいはしているはずだ。


 部外者が加わる隙などない。

 それは少女の隣にいる魔法少女も気付いている。呼びかけようとした時点で、名前を知らない相手だと気付く。出会ってから戦闘が終わるまで機会はいくらでもあった。


「ところで、貴方は正規に所属していない方ですよね」


「はい。ごめんなさい」


 あくまで防ぐ側だとしても、その行動は街の被害に影響する。

 怪獣被害によって損害を負う人々、その補助を行うのが街の管理者だとすれば、責任問題を考えても魔法少女が在野で活動するのは無理がある。


 たとえ隠したい事情があろうと個人的都合に違いなく、予期せず魔法少女になったところで、善良な一般人であれば、専門機関に問い合わせるのが正常な判断だろう。


「いえ、謝られても困ります。私も取り締まる側ではありませんし、それ自体を悪く言える立場でもないですから」


 遠慮気味に語る魔法少女も、感情的に嫌って構わない。


 同意書に署名し専門施設で教育を受けて、ようやくなれる存在に、誰とも知れない個人が混ざる。

 いかに協力的であろうと、戦闘区域に無断で立ち入るのは契約違反を重ねた脱走者と変わらず、管理外での魔法少女の発生に制度が追いつかないだけだとしても、正規という立場からすれば好ましいものではない。


「それでも、話しずらい話題なので、こう。私の仲間も察して、距離を取ってくれていますし」


「色々、面倒をかけているみたいで、申し訳ありません」


「構いませんよ。こちらも助けられましたから。正規なんて掲げつつ厳しい行動制限があるので。最初から所属していない人が避けたくなることもわかります」


 取り締まる側でなくても、構成員からすれば迷惑な存在だ。


 仲間どころか、軍との連携も取れない。

 突発的な事件に活躍できても、今回のような場合には邪魔になるばかり。単独で活動しようとする者が都市の区画整備まで学んでいるはずもなく、正規の魔法少女にしても逐一確認を取るくらいに複雑な区分けがされている。


 完璧な人間はおらず、情報の不備は誰にも起こりえる。

 確認を取る行為とて、単純に判断不足を補うだけでなく、確認行為という証拠を残すことで責任が個人に集中しないようにする工夫である。


 怪獣を倒すためだとしても、許容できない被害を生んだ時点で個人の責任では済まされなくなる。ましてや一般人から見れば正規と非正規の区別が無い、機関の管理下にない者の責任まで追及されかねない。


「ですが、力の扱いに困っているなら、専門機関の保護に加わるべきです。研究対象なんて外部から言われようと、厚い支援を受けている事実は変わりません。自滅しかねない制御が困難な力なら、国も利用ではなく保護を優先してくれます」


「自滅ですか?」


「はい。魔法少女だからといって便利な力を持つとも限りません。公で活動できない中には、怪獣対策どころか、力の利用さえ認められない危険な類もありますから」


 魔法少女もあくまで人間であり、現在の用途がそれだとしても、選びだされた個人の資質と力が必ず有用なものであるはずもない。怪獣退治に利用できない例が存在するのも必然である。

 だが、これらは不完全を自認する少女には当てはまらない。


「それに怪獣と関わらずにいられないのも、魔法少女にしか分からない苦悩ですから。個人の能力が様々でも組織として求められる。今は怪獣対策ばかり注目されていますけど、他の事業に向いた能力もあるんですよ」


「そんな内情を部外者に教えていいんですか?」


「具体的に伝えた方が納得してもらえそうな人に見えたので、……違いましたか?」


 小首をかしげる魔法少女に、少女は弱い笑みを作って見せる。


「教えてもらえた方が覚悟もできます。いまさら逃がしてもらうのも難しいですよね?」


「ごめんなさい。どうしても所属外の魔法少女は連行しないわけにもいきません」


「……お手柔らかにお願いします」


 会話の後には、少女は周辺を見渡す。


 訪れた頃と比べて、いくらか街の景観が見渡せるようになっている。

 霧の減少が怪獣の死亡と同義でないにしても、被害拡大が止んだ上での目に見える変化は、

行動段階の変化を意識させる。


「霧も薄まっていますので、柵の方から少し見てきます」


「調査班からも霧の減少が確認されているので、内に帰還命令が下りるかもしれませんね」


「その、二宮アズサさんですよね?」


「はい。二宮でも、アズサでも、自由に呼んでください」


「アズサさん。私の名前は、大宮さつきです」


「サツキさんと呼んで構いませんか?」


「はい、アズサさん」


 告げた後には、少女は立ち上がる。

 自らも関わった街の現状を目にして、そして腰元へと手を伸ばして、ようやく気付く。


「え……、無い?」


 見下ろす視線の先、掴めたはずの物が存在せず、開かれた手からは衣服の端が逃げる。

 再び霧が残る地上へ向けようとした視線も続かず、屋上を囲む柵から引き下がった。


 日常生活から外れた動きをすれば、留め具が壊れてしまうのも必然である。

 建物の飛礫を浴び、どこともしれない空間に落ちる。怪獣との衝突の隙に市販品とみられるアクセサリーが、どこで紛失したかなど知りようがない。


 少女は直前までいた方向を見つめ、座り込む魔法少女と目が合う。


 踏み出しかけた足は内向きへ戻され、少女は直前まで座っていた場所に歩いていた。




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