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婚約を破談にしてください

「ルーイン公子。貴方との婚約を破談にしたいのです。ご承諾いただけますか?」


私の名前は、リターシャ・グラスフィーユ。

グラスフィーユ伯爵の長女に生まれ、本日で丁度18歳の誕生日を迎えました。

加えて、貴族の令嬢達が花嫁修業をするために通う全寮制のフィニッシングスクールを卒業した日でもあります。

私は15歳から3年間を学友と共に寮で暮らしておりましたので、誕生日当日に家族からお祝いをしてもらうことはとても久しぶりです。

この卒業祝い兼誕生日祝いのパーティーには、私の両親や祖父母はもちろん、親戚や、両親が懇意にしている貴族のお客様、そして私の婚約者も参加してくださっていました。

その婚約者は今、私の前で何故かとても驚いた顔をしています。


「リ、タ…?」


信じられない、といったふうに愛称を呼ばれ、私は首を傾げました。

そんなに驚くようなことを言ったでしょうか。


(貴方にとっては、喜ばしい申し出だと思うのですが…)


私の婚約者は、ルーイン・カスティーリ公子。

王家と血縁のあるカスティーリ公爵のご次男で、私よりも6歳年上の幼馴染です。

私の母マリーナ・グラスフィーユ伯爵夫人は、ルーイン公子の母君オディール・カスティーリ公爵夫人とフィニッシングスクール時代からの親友で、お互いが結婚した後も親密な交流が続いていました。

私は母に連れられて、言葉も知らない頃から数えきれないほどカスティーリ公爵のお屋敷を訪れました。

ですのでルーイン公子のことは自然と顔を覚え、自然に名前を呼び合うようになり、自然に遊び相手をさせてしまいました。

婚約が決まったのは10年前のことです。

ルーイン公子がまだ14歳、私が8歳の誕生日を迎えた時に決まりました。

そのきっかけは子どものおままごとのようなもので、お互いの母親の強い願望でもありました。

その頃はルーイン公子がパブリックスクールに通っていたこともあり、お会いする機会は多くありませんでしたが、お互いの家を行き来しながら節度のあるお付き合いを続けてきました。

ルーイン公子が学校を卒業した年、私は王都にある全寮制のフィニッシングスクールへ入学しました。

領地を離れて寮での生活が始まると、ルーイン公子にお会いする機会はほとんどなくなりました。

年に2度ある帰省の機会には必ずカスティーリ公爵領にあるお屋敷へもご挨拶に伺っていましたが、王宮に就職したルーイン公子はご多忙で、お顔を拝見できたことはたったの一度もありません。

初めはお仕事を頑張っていらっしゃるのだと素直に尊敬の念を抱いていました。

けれど私も女です。

私が帰ることを事前にお手紙で伝えていてもお迎えしてくださらないことが3度も続けば、公子に少しずつ不信感を抱くようになりました。

もしかして避けられているのではないだろうか…?

私に会いたくない理由(他に好きな方)ができたのではないだろうか…?

オディール夫人は一瞬暗い顔をしてしまった私をフォローしてくださいましたが、その疑問は寮生活に戻ってからもしばらく頭の中に残り、大きくなっていきました。

けれどそのもやもやは意外なところで解消されます。

寮で同室だったご令嬢が偶然にも答えを教えてくださったのです。


事の発端は、私が2年生に進級してから初めて長期休暇をいただいた夏のことでした。

今回は事前にお手紙でルーイン公子に帰省の日程と訪問する日にちを知らせていましたので、きっと待っていてくれるはず。

そう期待して訪問したカスティーリ邸に、ルーイン公子の姿はありませんでした。

国政の最高責任者である宰相の補佐官となれば、きっと休暇の希望も通らないくらい忙しいのでしょう。

とてもがっかりしましたが、仕事ならば仕方のないことだと今回も彼と過ごす休暇を諦めました。

公子がいなくても彼の妹であるグレーテ嬢がお話し相手になってくださいましたし、街に一緒に出かける学友もおりましたので退屈することはありませんでした。

久しぶりにお母様と刺繍をしたり、殿方の胃袋を掴むという料理や製菓を学んだりしながら、領地でのんびりと過ごしました。

王都の寮に戻る日は、門の前には私のお父様とお母様、弟のハンス、そしてお隣の領地であるにもかかわらず、カスティーリ夫人にグレーテ嬢、なんとルーイン公子の兄オスカル公子もいらしてくださり、お見送りをしてくださいました。

けれどルーイン公子のお姿は、やはりありませんでした。


寮に同室のご令嬢が全員帰ってきた日の夜は、リビングルームでお土産話をするのが私達の部屋ではいつの間にか定例になっておりました。

私の部屋は4人部屋で、リビングルームを中心に左右に2部屋ずつ分かれています。

寮ではありますが小さいながらも全員に個室が与えられていますので、寝室で顔を合わせることはありません。

お話をするときはこうして共同のリビングルームに集まります。

その夜もあたたかい紅茶と焼き菓子を前に、お互いにひと月の休暇をどう過ごしていたか楽しくお話していました。


「私はこのひと月、お見合いの嵐でしたわ。私が帰省するタイミングを見計らって、両親がたくさんのご子息にお声をかけていたみたいで…気が休まる時間もありませんでした」


アリアンナ嬢が困ったように笑って、小さく溜め息を吐きました。

私にはお見合いの経験はありませんが、たくさんの方と…というと、連日大変な思いをしたのだと想像がつきます。

彼女は男爵令嬢ですが、その柔らかな雰囲気と小柄で庇護欲をくすぐる容姿が人気で、お近づきになりたいと思う男性は多いと聞いていますから尚更でしょう。

そんな困った様子の彼女も同性の私から見ても可愛いと思うのですから、異性が放っておくわけはありません。

私の向かいに座っているヴェロニカ嬢にも経験があるのか、隣に座るアリアンナ嬢を見て苦笑いを浮かべています。


「まあ、それは大変でしたのね…。それで、素敵な出会いはありましたの?」


ヴェロニカ嬢がにっこりと微笑みながらさり気なく話題を誘導します。

侯爵令嬢の彼女はこの部屋では一番身分が高く、こうした気遣いも上手です。

その質問に、アリアンナ嬢はさっと頬を紅色に染めました。

もじもじと話しにくそうにした後、はにかんだ笑顔を浮かべて答えます。


「ええ。実は、短い間に何度もお会いして下さる方がいて…、その方から、結婚の申し込みをされました…!」

「よかったじゃない!」

「素敵!」

「すごいですわ!ねえ、その方はどんな方ですの?」


アリアンナ嬢の向かいに座るナタリア嬢が一番大きな歓喜の声を上げて、テーブルに身を乗り出しました。

このメンバーの中で最年少の彼女は少女のように瞳を輝かせています。


「伯爵家の三男で、王宮に勤めている方よ!背はそんなに高くないし、容姿も普通なのですが、とても優しくて…。でもお会いした回数はまだ少ないし、かといってお待たせするのも申し訳ないし…承諾のお返事をしようかどうか迷っています」

「そうですね、結婚するのですもの…お返事は慎重になりますわよね」

「それでしたら、次の休暇までの間文通されてはいかがでしょうか?そうすれば、その間にもっとお互いのことを知れるでしょうし。承諾のお返事は、またデートをした時に考えても遅くはないのではないかしら」


私が提案をすると、また困り顔になっていたアリアンナ嬢が嬉しそうに笑いました。


「それは名案ね…!ありがとう、そうしてみます」


少しでも彼女の力になれたのなら…よかったです。

アリアンナ嬢の曇りのない笑顔を見ていたら、心がほっこりしてきます。

お手紙は私も婚約者に時々送っていますが、お返事がきたことはほとんどありません。

この寮で暮らすようになってからは一度もお返事がありません。

こんな素敵な彼女に結婚を申し込んだ彼がまめにお返事をする男性であることを願いたいです。


「上手くいくといいですね」


心の底から彼女の幸せを祈って微笑み返すと、彼女は可愛らしく頷きます。

私の隣ではナタリア嬢が「お手紙かぁ~素敵だなぁ~」と羨ましそうに呟きながら、まだ目をキラキラさせています。


「お返事が来たら教えてくださいませね。お二人の進展が気になりますもの!」

「もちろんですわ。ありがとうございます、皆さん」

「うふふ、恋のお話はいくつになっても楽しいですわね。私も、実家で嬉しいお話を聞きましたの」


目を細めてナタリア嬢を見ていたヴェロニカ嬢が、本当に楽しいのでしょう、弾んだ口調で話し始めます。


「嬉しいお話?何があったのですか?」


いつも冷静でいることが多い彼女の変化が珍しく、少し驚きながらもアリアンナ嬢が笑いかけます。


「私ではなくって、姉のことなのだけれどね。実は結婚を前提にお付き合いする方ができたのですって!」

「えっ!結婚を前提に?!!おめでとうございますっ!!」


興奮したナタリア嬢がその場に立ち上がって感嘆の声を上げました。

本来であれば無作法を咎められるところですが、いま彼女に注意をする者はいません。

彼女に倣って、私とアリアンナ嬢も座ったまま祝福の言葉を贈ります。


「お姉様というと、昨年王宮にご就職なされたのですよね?」

「ええ、そうよ。その方とは同じ職場で、貴族学校でも同級生だったそうなの」

「それでは、お姉様とその方は学生の頃から愛をはぐくまれてきたのですか?」

「私もそうかと思ったのだけれど、どうやらそうではないらしいの…。その方には婚約者がいるのですって」

「えっ?!婚約者?!」

「…婚約者がありながら、ヴェロニカ様のお姉様とお付き合いをするのですか?」


言外に「浮気男なのでは?」とアリアンナ嬢が心配そうに訴える。

その質問の意図を正確に汲み取ったヴェロニカ嬢は、そっと首を横に振った。


「その婚約者はお互いのご両親が決めたお相手で、政略結婚なのだそうよ。それに、仲も良くなくてあまり上手くいっていないらしいの」

「まあ…」

「どちらのご令嬢かは、お尋ねしても教えてくださらなかったようですけれど…。そのお相手は地方にいらっしゃって、あまりお会いにはならないのですって」


政略結婚は貴族の間では珍しいことではありません。

私の両親は恋愛結婚でしたが、お互いに好き合って結婚することのほうが珍しいと聞きます。

もちろん婚約者になってから仲を深めて…というカスティーリ公爵とオディール夫人のようなご夫婦もいらっしゃいます。

…私とルーイン公子はどちらなのでしょうか。


「そうなのですか…。珍しいことではないですが、その方も、そのお相手の女性も、お互いに不憫ですね…」

「私も今回、家のためにお見合いをさせられましたが、恋愛結婚は女性の憧れですわ」


自分とそのお相手のご令嬢とを重ね合わせると…決して他人ごとではないように思います。

思わず暗い顔をしてしまった私を気遣ってか、アリアンナ嬢がフォローしてくださいました。

私に親が決めた婚約者がいることを3人は知りませんから、彼女も私と同じく顔も名前も知らないご令嬢に感情移入したのでしょう。


「それでしたら、その…恋人の方は、婚約者のご令嬢との婚約を解消されて、将来はヴェロニカ様のお姉様とご結婚なさるおつもりなのでしょうか?」

「そう聞いているわ。もちろん今すぐにではないけれど、お姉様は期待しているみたい」

「でももしその方が本当に婚約を解消してくださらなかったら…、お姉様は大変なことになってしまうのではないですか…?」

「ご心配ありがとう、ナタリー。でも心配ないわ。王宮でご挨拶をしたけれど、誠実な雰囲気で、とても信頼できる方だと感じたもの」

「ヴェロニカ様、王宮へ行かれたのですか?」

「ええ。お父様が連れて行ってくださったの。お姉様の職場を見てみたいと言ったら、見学の許可を取ってくださって。その時に一言ご挨拶をしただけだけれど」


そんなに簡単に王宮に入れるだなんて…驚きました。

彼女が侯爵家のご令嬢だからでしょうか。

私も公子に「職場を見学したい」と言ったなら、叶えてくださるでしょうか?


「どのような方なのですか?」

「公爵家のご子息よ。宰相の補佐官をなさっているの」


そんなことを考えていると、聞き覚えのある肩書きに全身が強張りました。

宰相の、補佐官…?


「まあ!とても優秀な方なのですね!」

「ええ。優秀だけでなく、お姿も爽やかで素敵なのよ。すらりと背が高くて、細身で、物腰も柔らかくて。それに武芸の腕も確かで、護衛としても活躍されているそうよ」

「そのような方でしたら、女性の人気の的でしょうね」

「王宮に勤める女性や、お茶会に集うご令嬢達の間では憧れの的なのですって。そんな殿方を射止められたものだから、お姉様もどこか得意げでしたわ」

「憧れの男性と恋仲になれるだなんて、とても羨ましいです…!」

「私も、あの方がいつか兄になると思うと誇らしい気持ちですわ」


私はなんだかとんでもなく嫌な予感がしてきました。

宰相の補佐官は何人もいらっしゃると聞きますが、どなたなのでしょう。

ヴェロニカ嬢のお姉様と同級生であれば、年齢は私達とそれほど変わらないはず…。

…聞きたい。

でも、聞きたくない…。

聞いてしまったら、きっと後悔する。

どうしてかそんな確信が持てました。

けれどこの胸に湧き上がったもやもやを持ち続けている自信もなく、私は勇気を出しました。


「もしかして、その方はカスティーリ公爵のご子息ですか?」


もちろん皆様の前で動揺していることを伺わせるようなことはしません。

そんな素振りを見せてしまえば、私がルーイン公子に懸想している、もしくは婚約者かもしれない等と疑われてしまいます。

私は、ごく自然に、ふと思いついたことのように装って尋ねました。

自分でもこのような演技ができたことに驚き、同時に女の怖さも覚えました。

ヴェロニカ様は私の本心には気付かなかったようで、あっさりとお名前を教えて下さいました。


「ええ、そうよ。カスティーリ公爵の次男、ルーイン公子よ」



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