過ちの王の誕生
「―――罪人の首を刎ねよ!!」
「お父様! お母様! 無実です! 無実なんです! 二人はなにも悪くはありません。騙されたのです! 本当です! どうかわかって下さい。どうか、話を聞いてください!」
―――なんでこんな夢を見てるんだろう?
そう、俺は思った。
剣を振り上げた甲冑の騎士が、男の首を刎ねた。
飛んでいく首がスローモーションのように見える。
その瞳と生々しく目が合ったような気がして
―――それがスイッチだった。
嗅覚がハッキリとしてきた。
むわりとする、生臭い何かの匂い。
真紅のカーペットに塗り重ねるように、剥き出しの切断面から血が拡がっていく。
耳が聞こえた。女の悲鳴だ。
目は霞んでいる。顎が震えて焦点が合わないのだ。
この『状況』を見たくないというように。
そこは惨殺の現場だった。
地面がわき上がるような歓声が上がる。
「皇帝陛下万歳!!」
「皇帝陛下万歳!!」
「皇帝陛下万歳!!」
何かに引き寄せられるように―――身体が、真っ直ぐと立った。
大きく抉れた壁の先に、真っ赤に染まった空が見える。
遥か先の山脈へと、日が沈んでいく。
まるでおとぎ話の中の世界だ。
空の向こう側には、巨大な塔が透けて見える。
自分が立っている、どこかの国の、どこかの城が燃えている。
傾いた壁が熱気で揺れた。
吹き抜ける風が空へと昇った。
まるで初めて血液が行き届いたかのように、手のひらの感触を手に入れた。
冷たい金属を握っている。金の手すりだ。
同時に温度を認識したかのように、指先で冷えた血液が巡って頭がスッと冷えていった。
首筋を汗が流れていく。
なんだこの、リアルな感覚は―――。
足元に転がるのは、男の首。それも、一つじゃない。
俺の前に倒れた、首無しの身体が抱えているのは、金の王冠。
その隣でたった今死んだ男の手には、小さなペンダントが握られていた。
「なんで……殺したんだ?」俺は言った。
俺の声のはずなのに、その声は普段の自分よりもずっと、威厳がありながらも美しく若く響いている。
ただ、今のこの状況へ、疑問しか湧かなかった。何にも意味がわからない中で、口から出たのは、それしかなかった。
呆然としたまま、誰に言うとでもなく、俺は問うた。
血を浴びた騎士が振り返った。
銀に輝く剣を片手に、甲冑の目元の部分を上げてこちらを見上げる。
意志の強そうな目だ。
見たことも無い、宝石のように輝くルビーの瞳。
翡翠色の髪が、サラリと目元を撫でている。
騎士は答えた。
俺を見て、まっすぐに答えた。
「―――貴方様の、ご選択だからです」
それは行いの悍ましさに似合わない爽やかな声だ。
ハッキリとした声音は、自分への信頼と共に向けられているのだとわかった。
赤の滴る剣を真っすぐに構える。忠誠の証だろうか。
別の場所から、よく通る男の声が響いた。
「我らを照らす大翼、ルドルフ・アドリューシュ陛下。
ここに、我らがアーノルド帝国の、新たなる皇帝の誕生を讃えましょう!!」
「皇帝陛下万歳!!」
「皇帝陛下万歳!!」
「皇帝陛下万歳!!」
踏み鳴らす音にグラグラとする。
眼下に広がるのは、燃える城と広間に集まった、死体。死体。死体―――。
見たこともない国。見たこともない景色。
見たこともない壊れた城。見たこともない人間の顔、顔、顔。
俺を見ている顔。
羨望しているような、心酔しているような、怯えているような、憧れているような、期待しているような―――。
一人。一人。一人。一人。生きている、一人。
死んでいる一人。一人。一人。一人。一人。
ただ死んでいる人に、剣を突き刺している人に。
歯を剥き出して、涎と吐瀉物を吐き出している人に。
腕の無い、内臓の無い、頭の、首の無い人に。
きっとさっきまで、ここで生きていた人に。
ここで動いていたはずの人に。
俺は見られている。
俺はこれを見ている。
真っ赤な空。
鎧を血に染めた騎士。
はためく真紅の旗。金の翼の紋章。
足元から、男の首が俺を見ている。
「なん……だよ、これ……」ガチガチと頭の奥が煩い。俺の歯が鳴っているんだ。
夢のように現実感は無いのに、びっくりするほど地に足がついている。
てゆうか息子もちゃんとついてる。布の材質はわからないけどいつもよりも空間はゆったりしていて、ポジションはいつも通りの左気味だ。
「なんなんだよ……これって……」
首を刎ねられた男の側。
落ちているペンダントの小さな鏡の中に、知らない男の顔があった。
震える手で持ち上げて見れば。
無造作に伸びた赤い髪に、俺を見つめる青い瞳。
左手で頬を触れば。
頬に触れる指の感触と同時に、鏡の中で頬を触る男。
『選択』。
「……おれの……選択……?」
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