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悪魔の皇子《ルドルフ・アドリューシュ》






 戦場に、一人の男が立っていた。


 硝煙しょうえんと曇天。


 鼠色の雨が降り注ぐ。



「―――殿下。……ルドルフ皇太子殿下」



 鎧をまとった騎士たちが、男を見上げた。



「準備が整いました」


「―――ああ……」




 魔物の血が蒸気となって、空へと立ち上る。

 男は剣をまっすぐに天へとかかげげた。


 血よりも濃い、彼の紅髪が、灰色の風に揺れる。

 長いマントが旗めく様は、伸びる影と相まって、まるで巨大な獣がうごめくように見えた。



 その男―――帝国第八皇子、ルドルフ・アドリューシュは、皇族の血を引く精悍せいかんさ、そして若き青年としての危うさ、その両方をたずさえ、自らの兵たちを見下ろした。



「俺たちは今この瞬間より帝国への叛逆はんぎゃくを始める。

 ―――邪神の傀儡かいらいと化した現皇帝アルバ・アドリューシュの首及び、魔道へと堕ちた第三皇子派を含む皇族貴族共の首を一人残らず、アーノルドの神へと捧げよう」



 ゾッとするほど冷たい声は、なんの感情も感じることができないだろう。しかし戦場においてそれは、兵士たちにとっての絶対的な運命を意味していた。


 ルドルフにの言葉に応え、騎士の一人が叫んだ。



「帝国の新たな赤き大翼たいよく、ルドルフ・アドリューシュ皇帝陛下に、我々の命を捧げます!」


「「「我々の命を捧げます!!」」」


 歓声が上がった。




 男は、燃えるような青い瞳で、空の先を見つめた。




「俺がお前たちへ……このあやまちを、証明しよう」










 王城。

 会議を終え、臣下たちが噂話を始める。



「……聞いたか?」


「慌ててどうした?」


「あの魔境戦線より、第八皇子が帰還するそうだ。

 凱旋式がいせんしきり行われるらしい」


「第八皇子が帰還? あれは、死んだのではなかったのか?」


「それが……魔境を制圧し、蛮族の首を取ったと……」


「そんな……」


「まさか! あの《《狂った悪魔の子》》が、王城に入ると?」


「そんなもの、王妃殿下がゆるしはしないだろう!」


「帝位継承権はどうなる? ……皇帝陛下は、このことをご存知なのか?」


「皇帝陛下は……この暦のうちに、第三皇太子殿下へと、帝位を継承されたいとのお考えだったはずだ」


「ああ、道理で……最近教会の人間が王都に入ってきていた」


「神聖国より聖女様もお越しになるとか」


「なんと! あの聖女様が……」


「聖女と第三皇子とのご結婚は、既に決定事項と言える」


「では……新皇帝の時代が来るということか」



「……はは。あの悪魔皇子に果たして、この王城で座る席があるのかどうか」








 王都が燃えていた。

 爆発と共に、城壁が崩れていく。


 蒼きドラゴンの旗を一つずつ騎士たちは引きずり下ろし、真紅の鷹神グリピュスの旗が掲げられた。

 空は赤く染まっていた。



「は……叛逆はんぎゃくだ!!」

「兵士は……近衛兵はどうしている?!」



「新皇帝ルドルフ・アドリューシュに王冠を!」騎士たちは叫んだ。

「アーノルドの神を裏切った、謀反人たちに罰を!!」



「皇子たちはどこだ?!」




 地中深く。

 王城の地下。


 ルドルフは血を分けた兄弟たちを、一人ずつ、一人ずつ、剣で貫き、薙ぎ払っていく。女も子供も関係無く。皇族は全て。彼の手で葬った。


 闇に浮かぶ白い柱が、まるで墓標のように立っている。


 爆破によって流れ込んだ地下水が足元を濡らし、殺された皇族たちの血を、洗い流していった。


 最後に残ったのは、金髪の一人の男だった。

 

「も、もう……見逃してくれ……私になんの力がある? 

 何ができる? 皇帝なら、お前がなればいい!! 私は、私はもう――」



「《《なんの力があるか》》?」ルドルフは笑った。ゾッとするほど、冷酷な声だった。


「《《あなたは皇子ではないですか》》、兄上」



「悪魔……ッ!! 来るな悪魔があ……ッ!!」


 血よりも更に濃い赤の髪。

 燃えるような蒼の瞳が、獲物を追い詰めてギラギラと光った。



「お前は皇族を殺したのだッ!! 神にそむく重罪を!!」



「俺の半分は、あなたと同じ血でできていることを、兄上。お前はよく、知っているだろう?」


 ルドルフは、指で頬についた帰り血を拭った。


「お前は神の元に生まれた責任を取るだけだ。俺と同じように」



 男は歯を剥き出した。



「皇族を皆殺しにし!! それでも飽き足らず!!

 本物の悪魔が……悪魔の血が皇帝になるなど!!」




 唾を撒き散らした。




「許されるとは思うな!!」




 目は血走っていた。




「お前は、お前の存在そのものが、間違いだったのだ!!」




 男はかつて、高貴な人間だった。




「神はゆるしはしない!!」





「――神のゆるしなど」




 ルドルフは、静かに答えた。




「最初からそんなもの、俺は望みはしない」




 魔境戦線を勝ち抜き勝利へと導いた戦場の英雄――

後に『暴虐の皇帝』と呼ばれる、アーノルドの第八皇子ルドルフ・アドリューシュはそうして、帝国の血族たちを一人残らず虐殺し尽くし、皇位簒奪こういさんだつを遂げた。


 アーノルド帝国暦1347年のことである。   







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