第六話
リュオン殿下と婚約という形にはなりましたが、国際問題とも関わる話ですので大々的に発表するのは、後日となりました。
この件について知っているのは、王族の方々と我が家の人間だけです。
「マルサス様と別れて超ラッキーでしたわね。お姉様」
「シェリア、ストレートに言い過ぎだ。もっとデリカシーというものを覚えなさい」
「でも、お父様もそう思っていらっしゃるでしょう」
「思っとらん訳じゃないが、だからとてマルサスくんが不義理を働いたことが帳消しになることはない。まぁ、彼の家から慰謝料は頂いたし、これ以上は言及しないがな」
妹のシェリアもお父様も私の二度目の婚約に驚きながらも喜んでくれました。
お父様としてはマルサス様の不義理は、あちらの家との関係を拗らせたので簡単には許せない部分があるみたいです。
「マルサス様といえば、エリナさんにプロポーズしたのでしょうかね」
「そりゃ、したんじゃないか。お前の言うとおり他に婚約者がおったのなら、相手にされんだろうが」
そういえば、そうでした。
マルサス様が結婚したがっているエリナさんには婚約者がいるかもしれないと、シェリアが言っていましたね。
お父様の言うとおり、そうなれば振られてしまう未来しかありませんが。
「いえ、だとしたらマルサス様。お姉様によりを戻そうとか言いそうだなーって思っただけですわ」
「はぁ~~? そんな都合の良いこと認められるはずないだろう。シェリア、マルサスくんは本来なら許されないことをしたのだ。それを自覚しているなら、エリナさんが駄目だったから、ルティアに戻ろうなどバカな考えは起こさんよ」
「自覚ある大人なら少なくともエリナさんのこともう少し知ってから、お姉様と別れるような暴挙を起こすと思いますが」
マルサスが私と寄りを戻そうとするのでは、と懸念するシェリアでしたが、お父様はそれはあり得ないと口にします。
私も土下座するほどの覚悟を見せておいてそれはないと思いますが、シェリアのマルサス様に対する評価は違うみたいです。
「ルティアお嬢様、マルサス様からお手紙です」
「ほらー、お父様。ほらー」
「まだ、復縁希望だと決まっとらん。……ワシに寄越しなさい。ルティア、良いだろう?」
「はい……」
私はお父様が手紙を読むことを許可しました。
変な内容でしたら困りますし。彼にはこれっぽっちの未練もありませんから。
「……復縁希望ではなくて、謝罪だ、謝罪。きちんと謝りたいんだと。エリナさんに振られたことなども書かれとらんかったよ。まぁ、男としての意地だろうな」
なんと、マルサス様から手紙は謝罪したいというものだったそうです。
土下座してまで謝ったのですから、もう良いと思うのですが。
「……ワシとしてはあの男のしたことは感心はせんが、謝りたい意思を踏みにじるまでしたいとは思わん。万が一のための護衛を二人つけるから、会ってやりなさい」
「あー、じゃあわたくしも一緒に行きますわ。ちょっと面白そうですし」
「面白いはずあるか! 馬鹿者!」
「……気乗りしませんが、これがマルサス様との関係の精算だと思えば――」
私はマルサス様と会うことに決めました。
彼の謝罪を受けて、次の一歩へと進みましょう。
◆
「本当に来るのですか?」
「ええ、もちろんですわ。わたくし、これまでマルサス様にこれっぽっちも興味が無かったのですが、今回の件で逆に興味を惹かれるようになりました」
「……あなたって子は物好きにも程がありますよ」
マルサス様が謝罪したいという連絡を聞いて、シェリアは「面白そう」と目を輝かせて一緒に行きたいと言い出しました。
私にはこの子の考えていることが分りません。
マルサス様の謝罪など見て何が面白いのでしょうか……。
「ここ来てみたかったお店ですわ。50年間、ラテアートの修行を積んだマスターが淹れるコーヒーが有名でして――」
「あなたはそういうことばかり詳しいですね……」
王都の中央通りにある、お店で私たちはマルサス様を待ちます。
普通は謝罪する側が早く来るものだと思いますが……。
それにマルサス様はどうしてこんなにも人通りの多いオープンカフェを謝罪場所に選んだのでしょう。
普通は個室を取るか、家に呼ぶか、どちらかだと思うのですが……。
シェリアではありませんが、私も嫌な予感がしてきました――。




