麗しの王太子殿下は、自分の誕生日に、愛する公爵令嬢をお人形さん扱いすることに決めたようです。
「……アニエスお願い。お兄様ったらここずっと、公務公務公務公務公務でいっさい休む暇も無く、さらにずっと魔法も行使していて、折角の十七歳のお誕生日なのだから、身内としては、そんなお兄様に少しでも何か癒されるような喜ぶことをして差し上げたいの! それには、どうしてもあなたの力が必要なのよアニエス!!」
大好きなタニアにそう言われ、アニエスは半ば強引にセオドリックの誕生日プレゼントになることとなってしまった。
「もちろん監視は付けるから、変な事はしないようにさせるから!!」
とタニアは言っていたが……。
そして、本日の対面と相なった。誕生日の当日は、それこそ国の王太子なのだからと、引っ張りだこだったがその翌日の今日は珍しく、まる一日お休みらしい。
アニエスも本来なら、王宮宮廷行儀見習いとして忙しく走り回る立場なのだが、そこはタニアの王女権限で一日特別休暇が与えられた。
(……それにしても)
アニエスは、だいぶん目にしていなかったセオドリック王太子の顔を改めて検分する。
いつもなら、それこそスーパーアイドルばりに超大人気である国の王太子。
肌はツヤツヤとし、常にオーラは太陽が輝かんばかりの美男子が、今は目の下にクマができて、心なしかやつれている。
(……普通に私と会っていないで、お休みになられた方が良いのではないだろうか??)
「……アニエス、久しぶりだな……」
「はい、タニア様から伺ってはいたのですが、本当にお疲れのご様子。胸が痛みます……」
「相変わらず、君は優しいな……」
セオドリックは力なく微笑んだ。
「それで、私は何をお手伝いいたしましょう?」
誕生日プレゼントが自分。ということだが、タニアが保証してくれたので変なことは言われないとは思う……のだが……。
「……そうだな。では」
そして、まずセオドリックが最初に始めたのが……。
「……あの、私のような下位の身分の者がこのようなことを殿下にしていただいても宜しいのでしょうか?」
アニエスの美しい……その光を柔らかく放つ白金の髪に丁寧にやさしくブラシをかけることだった。
「♪ああ、私が望んだのだから、もちろん」
そう言い、アニエスの髪を左手で持ち上げ右手に持った猪毛の高級ブラシですっすっすっと髪を梳かしていく。
「一度こうしてみたかったんだ。君の髪はとても綺麗だから」
猫っ毛で細く柔らかだが、たっぷりとしたその髪は、触っているだけでも高級な毛皮のような満足感があるらしい。セオドリックはこのブラッシングを始めてから上機嫌である。
「ストレートっぽいが、内側や毛先に行くほど君の髪は自然に巻いているんだな……」
「はい、比較的、扱いやすくて助かっております。雨の日はもっと巻きが強くもなりますが……」
「ストレートなのも巻いているのも、何だか君の性格に合っている気がする。私はどちらも好きだ」
「……あの、それは正反対な気もするのですが、私の性格っぽいのでしょうか?」
「うん。ちょっと矛盾している感じが」
「………………」
なんだか、ディスられてる気がしないでもない……。
やがて髪が梳かし終わった。
「!! わあ、こんなに綺麗にしていただけるなんて!」
別にいつもだって、アニエスの髪は綺麗にしてあるのだが、二十分近くも梳いていると本当に艶が違う。
「ああ、最高だよ!」
その出来にセオドリックも満足そうである。
「……では今度は」
今度はアニエスは豪華で巨大な鏡台の前に座らされた。これはいったい何が始まるというのか……。
「アニエス、君は化粧をするのか?」
「い、いえ、社交界デビュー前ですし。眉を少し整えるくらいで……」
「そうか、なるほどなるほど……」
「あの、何をするのですか?」
そういうと、セオドリックはニッと笑う。
「いや、君を化けさせてみたいと思ってな? いつもと違う感じが見てみたい。」
「セオドリック様がされるのですか? ……お化粧の経験が?」
「そんなのはない。でも、隣にエキスパートがつく。大丈夫。私は絵も得意だしな」
「………………」
本当に大丈夫なのだろうか?
「……これをしてみたい」
セオドリックはいくつもある見本の中から、プロのエキスパート担当に、やってみたいものを指さすと、どの商品のどの色をどの筆で、どう使うかを教えてくれる仕様のようだ。
そして、アニエスの毛穴ゼロの綺麗な白い肌を基礎化粧品で更に整えてから、早速メイクを始めることになった。
「君の肌はあまりに綺麗だからファンデーションは使わないのだそうだ。確かに近くで改めて見ても綺麗だ。陶磁器かと思うくらい」
そういい、まずは目元から化粧を始める。筆を使い丁寧に色を重ねられる。
アニエスは、なんだか本当に自分がキャンパスにでもなった気がした。
……セオドリックは自分で言っただけあり器用で、思いのほか筆運びが上手だ。
長い睫毛をビューラーで上げ、それにもマスカラを施していく。
「きみの地毛とは違う色にしてみよう」
そう言い、わざとくすんだ赤色のマスカラをのせていく……本当に大丈夫?
そして目が終わるとさらに眉を書かれ、頬紅を差され、最後に唇に口紅を筆でのせていく。
「ん……」
アニエスが目を閉じ。少し、唇を突き出す。
「……味見は?」
「ダメです。早くしてください」
即レスだった。
そうして最後の仕上げを終えると、セオドリックはその筆を最初の場所にことりと置いた。
「瞳を開けてもらえないか……?」
そう言われ、アニエスはゆっくりと目を開けた。
「!!」
そこにはいつもとは違う魅力が開花した、アニエスの姿があった。
その姿を鏡で見たアニエス自身も自分の知らない自分の姿にびっくりする。
「……もともと美しい顔の人形に化粧を施す気持ちが、正直全然わからなかったが……なるほどね。これは嵌ってしまうな……」
セオドリックは、口元に手をやり、くっくっくっと実に愉快そうに笑った。
「じゃあ、今度はこのタイプを……」
「まだ、やるのですか?」
「もちろんだ。徹底的にやる! ……あと、せっかくだからこれは毎回写真に残しておこう!」
……何だか、若干大事になっているが、これはセオドリックの誕生日プレゼント。好きにさせておこう。
そうして、アニエスは何度も何度も違う化粧をされ、その度に見た事もない自分に遭遇した。
「……アレクサンダーやエースの知らない君を、今日、私は知ってしまった!!」
それにセオドリックは嬉しそうにと満面の笑みをたたえた。
最初は、普通に休むべきだと思ったが。
こうしてみると、元気になっているようだし、タニアの見立ては間違いなかったようだ。
「よし、とりあえず顔はこれで大丈夫だな。お次は……」
「今度は何ですか?」
「ここからが、人形遊びの本領発揮だ」
セオドリックは二ヤリとした。
……いったい、つぎは何をされるのだろう? アニエスはハラハラしたが何のことは無い、セオドリックが選んだ衣装に着替えるだけだった。
……だけだったのだが。……多い!! 種類も、点数も!!
「え、どれだけの衣装を着るのですか!?」
「……だって、君はここでは代わり映えのしない服ばかり着るものだから……どうせなら、城の衣装係と相談して、ここでしか着れないものを着せようと思って。ほらほら歴代の王女や女王の衣装やアクセサリーもあるぞ?」
それに、アニエスはアワアワと目を回す。
「~~~行儀見習いは動きやすさ第一ですから……それに、恐れ多いです!!」
「……どうせなら、男装もさせよう」
「聞いてください!!」
そう反論したが、アニエスは、城の衣装係の精鋭部隊に何度も着替えさせられ、時には写真をバシャバシャと撮られたりもした。
「かわいい、ああ可愛い、可愛い……最高だ。素晴らしい。超~カワイイ!!」
その度に、セオドリックは大絶賛だ。
「~~~~~!! セオドリック様……あの、歯がぷかぷか浮いてませんか?」
「全然まったく? ……本心だし。もう、可愛くて仕方ない……毎日こうして眺めていたい……」
アニエスは、別に悪い気がするわけでは無かったが……こう褒められるとこそばゆくて、そわそわしてしまう。
「あ、この衣装は私の一押しなんだ」
そう言って登場したのは可憐な美しいピンク色のドレスだった。
「~~~~~私……ピンクは……」
「……嫌いなのか?」
「……なんとなくキャラにない気がして……」
「そんなことはない。絶対にない! ……ピンクを着ているのは見たことが無かったから……見て見たかったんだ」
そう言われ、また着替えさせられた。アニエスはセオドリックのいる部屋に遠慮がちにおずおずと入るとセオドリックは、今日一番の笑顔を見せた。
「~~~~~!! 本物の天使なのか? アニエスは!?」
「~~~~~~セオドリック様は大袈裟でございます!!」
それに、アニエスは耳までカ――――ッと赤くなりと、恥ずかしがった。
「------その姿で、私と並んで写真を撮ってくれないか?」
セオドリックがアニエスに本日最後のお願いをした。
「………………」
アニエスは、少し戸惑った。
「……かしこまりました」
が、やがて静かにと了承する。
出会ってから初めての二人並んだツーショットをこの日、写真に収めた。
「アニエスにはもちろんだが、タニアにも感謝しないと……人生最高の誕生日だったよ」
「本当に表現が大仰でいらっしゃいますね……。セオドリック様……タニア様は、本当にセオドリック様をご心配されていました。お二人は本当にお互いを思いやっていて素晴らしいご兄妹でらっしゃいます。……素直にそんな兄妹関係が羨ましい限りです」
「………………ああ、まあ、君のところはな。うん……」
※……詳しい事情は『アニエス嬢はご苦労されています』本編。夏の休暇にてご参照ください……。
「本当に今日はありがとう。アニエス」
セオドリックはそう言い、アニエスに握手を求めた。その手にアニエスは自分の手を重ねる。
「……これは、私からのお祝いです」
そう言い、セオドリックの唇に触れるか触れないかくらいの頬の位置に、そっと柔らかなキスを落とした。
「………………」
「……十七歳おめでとうございます」
そう言うと、恥ずかしいのか潤んだ瞳でアニエスはセオドリックを見上げた。
セオドリックはその顔を見てああ、やっぱりアニエスはこの世で一番可愛い……そう確信するのだった。
いつも本編で、いろんな意味で体を張ってくれているセオドリック王太子殿下へのご褒美回です。
思いつくままに書きましたが。お楽しみください。