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歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
第1章 御前で起きた殺人事件
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密談

 夕闇に染まる頃、季姫は手燭を掲げ、周囲に人がいないことを確かめながら、事件現場となった仁寿殿へ向かった。西側の簀子縁に足を踏み入れる。夕風に、少し寒さを感じ、微かに身体を震わせた。中を覗き見ようと、半蔀に触れる。

 その時、身舎の中から、囁くように微かな声が聞こえた。

「益は、どうしてあんなことを言ったんだろう」

 あどけない少年から、次第に大人の男性へと変わり行く頃の、成長途中に特有の、ややかすれた、いとけなさの残る声であった。

「わかりません。しかし、いかにあの益殿とはいえ、理由もなく、御前であのような言葉を発するわけがありません」

 答えたのは、低く落ち着きのある、感情の籠もらない青年の声。言葉遣いと、その排除された感情から、少年よりも下の身分であることが察せられる。

 季姫は、半蔀を上げることをやめ、息を殺して聞き耳を立てる。

「そうだよね。いくら仲が悪いといっても、あんまりだよね。しかもそれで、あんなことになるなんて……」

「仲が悪いというよりも、益殿が一方的に、敵視していたように思いますが……どちらにせよ、何の根拠もなく、あのような罵倒をしては、却って自分の身が危ういだけです」

 二つの声の会話に、季姫は目を見開き、少将は季姫が持つ檜扇から、姿を現す。

――まさか、人がいるとはね。この二人は……いや、まだわからないな。しかし、事件の話みたいだね

 季姫は、心の中で少将に呼びかけ、返事をする。

――はい。少将様は、このお二人にお心当たりが?この話は、事件そのものの話なのか、それとも、その前に何かあったということなのか……どちらでしょうか

――いいところに気付いたね。もう少し、聞いてみたらいいよ。僕は、中を見てくるね

 そう言って少将は、季姫の疑問に答えることなく、閉じられたままの半蔀の向こうに、消えていった。


 一人残された季姫は、ほんの少しの心細さを感じながら、物音を立てないように注意して半蔀に耳を近づける。

「益ってさ、僕から見ても素行がいいとは言えないし、女性にも手が早くて、泣かされた子が一杯いるけど、自分で自分の首を絞める程、馬鹿じゃないんだよね」

「ならば、益殿の最期の言葉には、根拠があると……調べる必要は、ありそうですね」

「僕もそう思う。もし、本当だったら、他にも傷つく誰かが、いるかもしれないよ」

「なるほど……彼自身は、何も知らない様子でしたので、もし、片割れがいるとしても、何も知らぬ可能性が高いですね」

「益の最期の言葉だけは、知られないようにしないと。だから事件の経緯を公表するのは、益の言葉の真偽がわかってからにしたいんだ。益が、本当に何かを知っていたのか、それとも別の理由があってのことなのか、知っておきたい」

「確かに……事実を踏まえた上で、どのように公表するか、考える必要がありますね」

「そうそう。それじゃあ、この件は君に任せていい?もちろん僕もできることはするけど」

「畏まりました。仰せのままに」

 二人が、向こう側の簀子縁に出る気配を感じ、季姫は曹司に戻ることにする。少将の姿はまだ見えないが、気が済めば勝手に檜扇に戻るはずだ。

 そう思って季姫は、身体を半蔀から離し、極力音を立てないよう、曹司に向かう。


 そのときであった。正面から、足音が聞こえた。慌てて踵を返したが、慣れない長さの袿に動きが遅れる。その間に、足音はいっそう近くなり、一人の公達が現れる。

「どこに行くつもりだ」

 低く、感情の籠もらない声で詰問される。中で話をしていた一人と、同じ声であった。

 逆方向に逃げようとするも、公達に左腕を掴まれ、身動きがとれなくなる。腕を掴む手は冷たく、徐々に体温が奪われるような感覚に襲われる。

「あなた誰っ。は、離してっ」

 季姫は、拘束を解こうと暴れながら、右手に持った手燭で相手の顔を照らした。整った容貌に怜悧な表情が浮かび、どこまでも、冷徹さだけを含んだ視線が投げられる。

 二人の視線が重なり、季姫と公達は、まともに顔を合わせた。

 公達が、わずかに目を見開く。

「お前こそ、どこの誰だ」

 季姫は、相手の視線に射すくめられないよう、精一杯の抗議を込めて睨み返す。そして、さり気ない動作で手燭を少し下げ、相手の衣を照らした。少し明るめの、緋色が見える。

 衣の色から相手の位を知り、季姫は、無礼にならないよう、言葉遣いだけを改めた。

「……見ての通り、後宮にお仕えする女房です」

「ふん、名乗る気は無い、か。では、こちらも名乗らぬ。内裏に仕える者だ、とだけ言っておこう。だが、最初の質問には答えろ。もう一度言う、どこに行くつもりだ」

 相手は、季姫を捕らえる力を一切緩めることなく、感情のない声で冷静に言い放つ。

「曹司に戻るところです。離してください」

「ではもう一つ。ここで、何をしていた」

 季姫は、素直に答えたにも関わらず、自身を全く離そうとはせず、更に問い詰める相手を睨み付ける。

――わたくしが動いていると、知られたくないのじゃ

 季姫の脳裏に、高子の言葉が浮かぶ。もし、この公達が、高子が『知られたくない』と考えている人物に近しい立場であれば、自身の身元を知らせるわけにはいかない。季姫は、どうにか公達の追求を逃れようと、もっともらしい理由を考える。

「何って……見回りです」

「見回り、か。あのような事件があったばかりだというのに。ここはまだ、清められてはおらぬぞ。たった一人で、勇ましいことだな」

「だからこそ、誰も来たがりません。それに、清められていないというなら、今、ここにいらしたあなたも、同じことではありませんか」


 ここは、人死が出た場所である。普通なら『穢れ』があるとして、通常、祓いが行われるまで近付くべきではない。しかし、その点においては、相手の公達も同じことである。

 公達は、しばらく季姫の顔を探るように見つめ、ようやくその腕を放した。

「確かに。では、曹司まで送ろう。どこの殿舎だ」

「……宣耀殿です」

 季姫は一瞬言い淀んだものの、素直に答えることにした。公達が、完全な善意で「送る」と言ったとは到底思えない。おそらくは、身元を探る目的だろうと見当をつける。しかし季姫の場合、曹司の場所だけで、身元を特定することは難しい。

 だからこそ、答えられることは明かしておく方が、あらぬ疑いを減らすことができると、考えたのだ。

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