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歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
第6章 在るべき場所へ戻るには
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報告

「藤非職のことばかりか、真相がわかったとな」

 曹司に戻った季姫が三条に報告すると、すぐさま、常寧殿の高子の前に連れ出された。

 そもそも今回は、定国の件だけを報告する予定であったのだが、思いがけず、『高子が納得する真相』に、たどり着くことができたのだ。

「はい。まずは、藤非職殿ですが……確かに直前まで、御前に伺候されていたそうです。ですが、今上がご用を……硯箱を持つようにと命じられ、ちょうど席を外していたとか」

「何と……では、益はやはり、今上が……」

 季姫の報告に、高子は倒れんばかりに、嘆いた。

「それが……そうでもないようなのです」

「どういうことじゃ」

 高子の問いに、季姫は梅壺で作り上げられた『真相』を伝える。

「相撲じゃと?今上が、まさかあの子が、そのような……」

 高子は、今上と相撲が結びつかず、首を傾げた。

 季姫は、定省王の読みが、いかに鋭いものであったか、実感する。

 確かに、今上をよく知る相手には、どうして乳兄弟の益と相撲などとろうと思ったのか、腑に落ちないに違いない。

 季姫が、これからこの『真相』を説明しなければいけない相手は、後二人。今上の乳母で益の母である全子と、今上の寵姫紀君だ。どちらも今上のことを、おそらくは高子以上に、よく知り、理解している相手である。つまり、高子を納得させることができなければ、あとの二人を納得させることなど、到底、無理なのだ。

「はい。何やら、いつぞやの王侍従殿と……その……在五中将殿の相撲を思い出されたとかで、益殿を相手に、お試しなさろうとしたそうにございます」

 季姫はあえて、在原業平の名を、言い淀んだ。

 今まで、真相が明らかにならなかったのは、その名を憚ったからだということにすればいいと、定省王が発案したのだ。それはもちろん、高子と業平との浮き名があったからこそである。

「なんと、在五中将殿との……」

「……は、はい。それは以前、王侍従殿が……」

「そうであったか。懐かしいのう、三条」

 業平の名に、高子は若い頃を思い出したのか、少女のように愛らしく、うっとりとした表情を見せる。さすがに、高子には業平の名は禁句であったかと、季姫は焦りを覚える。

 その高子を、三条が諫めた。

「太后様っ、そのお名前は……」

 珍しく慌てる三条に、高子もまた、珍しく苦笑いする。

「戯れじゃ。それより、故意でないとはいえ、よもや、今上が関わっておられるとはのう。何とか、せねばならぬな。山井、ご苦労であった。下がってよい」

 季姫は、退出の許しが出たことに安堵する。

 「何とかする」ことまで命じられたら、どうしようかと思ったのだ。この『真相』は、定省王や定国、貫之の根回しで、今日中にも、広く知られることになる。高子が今から、何か手を打とうとしても、もう既に、基経の耳に入っているに、違いないのだ。


 数日の後。季姫は三条に、紀君への見舞いを申し出た。一旦、里下がりをしてもいいのだが、里下がりは、この前も願い出たばかりである。今回は、どうせ、父の邸に帰っても用事はなく、里下がりしても、すぐに紀君と全子に会いに行くのだから、それなら直接、紀君への見舞いとして向かう方が、早いと考えたのだ。

 高子の代理にでも何でも無く、ただ個人的に、紀君を訪ねる、というだけである。実際には、里下がりと何ら違いはないものの、紀君が他ならぬ、今上のお子を身籠もっているというので、少しばかり、高子の名で、見舞いの品を託された。

「まあ、山井殿。わざわざありがとう」

 作られた益の事件の真相は、それなりに広まっている。

 どこからか、漏れ聞いたのであろう。紀君は以前よりも、ずっと明るい顔色をしている。

 紀君に、高子からの見舞いを直接渡すと、礼状を書くから、待っていて欲しいと頼まれる。紀君が文をしたためる間、季姫は全子を訪ねた。

「その話は、本当なのですね。益は、今上と相撲を……それで事故が……」

 季姫の話に、全子は涙を流した。完全に作り話のため、季姫は心が痛まないでもなかったが、真相を伝える方が、もっと全子を悲しませることになるだろうと思い、あえて言葉を飲み込んだ。

 例え益に過失があるという話でも、今上に乞われて相撲の指南をしていた最中の事故と、いらぬ失言によって、当の今上から殴られた上、足下をよろめかせたのでは、その名誉が違う。

 あまりにできすぎた話ではあるが、こうと決まった以上、突き進むしかないのだ。

 文を書き終えた紀君に呼ばれた季姫は、彼女にも同じ話をする。

 加えて、事件の真相を調べる過程で、畏れ多くも今上と言葉を交わす機会を得たこと、紀君を案じていたこと、何より今上が、本当にお優しくてご立派な、帝王たるお方だと感じたのだということを、本心から伝える。

 季姫の言葉に、紀君は瞳を輝かせ、心から嬉しそうな笑顔を見せる。

 やはりその笑顔は眩しく、例え正式な身分でなくとも、そう思える相手がいる紀君を、季姫は少々羨ましく感じた。


「そうか、知ってしまったか。これも運命(さだめ)かのう。それで、季姫はどうするのじゃ」

 紀君の邸からの帰り、季姫は小野の邸を訪れた。

 調べていた事件の真相と顛末、自身の父母がわかったこと、思いがけず、兄弟である定国と話す機会を得たことを小町に伝える。

 小町に、今後のことを問われた季姫は、きっぱりと答えた。

「何も変わりません。私はお祖母様の義理の孫で、小野麻名子と藤原枝良の娘です」

――本当に、それで済むと思ってる?

 深草少将が現れる。

「どういう意味ですか」

――定省の季姫を見る目がね、随分違っていたと思って

「王侍従殿が?そりゃあ、最初は動きを怪しまれていましたから、不審者だと思われていたんだと思います。でも、そのあとは……仲間みたいな雰囲気になりましたから……見る目が違うのも、道理だと思います」

 季姫の言葉に、少将は軽くため息を吐いた。

――そういう意味じゃ、ないんだけどな

 しかし、その声は、季姫には届かない。

 少将は、季姫には聞こえない声で、自らの子孫に対する愚痴を言い続け、それは聞かされる小町が、堪忍袋の緒を切らし「うるさい」と怒鳴るまで、永遠と続いた。

――時康はあんなに女の子にもてるのに

――なんで定省は、あんなに堅物なんだろう

――あれじゃあ、季姫だって、気付くものも気付かないって

――せめて、若狭に見せる表情の半分でも愛想良くすればいいのに

――定省も若狭も、別にお互い、何とも思ってないのに

――貫之当たりにかっ攫われたら、どうするんだか

――以葛ってのもいたね。何だかんだで、季姫といい雰囲気だったよね。まあでも、以葛は季姫と定国の顔が似てることに気付いてなかったし、その程度だったのかな……いや、あれは化粧の違いか

――ともかく、定省がもう少し、素直になってくれれば……

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