表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
第5章 秘密の真相と相撲の秘密
28/32

相撲

「今上は、どうされたいのですか」

 定省王が、今上の意思を確認する。

「とりあえず、定国は別に何もしてないでしょ。ただ、益が殴り掛かったのを、避けただけだったし」

 今上には、定国を咎める意思は全くない、ということである。

「では藤非職殿は、ちょうど事件の折、今上の命で、硯箱でも取りに行っていたということで、いかがでしょうか」

「あ、それいいね。忘れないように、書いておかなきゃ」

 皆で口裏を合わせるために書き留めようと、今上が筆を持つ。

「そんなこと、御宸筆でしたためでどうするのです。そうだな、この中なら……貫之と言ったな、そなたが書け」

 今上から慌てて筆を取り上げた定省王が、貫之に筆を渡した。この中で、今のところ、最も内裏に縁がないのが、貫之である。貫之の字ならば、万が一、誰かにここで書いたもの見られたとしても、誰が書いたものなのか、特定するのが難しいはずである。

「じゃあ、まず定国ね。(ぼく)のお願いで、硯箱」

「畏まりました」

 定省王から筆を渡された貫之は、『藤』と『硯箱』の三文字だけを書く。

「じゃあ次、なんで益は殴られたか?とか」

「そうですね、さすがにあれを、どこかにぶつけたとかは、ごまかせません」

 亡くなった時の益の顔は、明らかに人の手で殴られたとわかるほど腫れ上がっており、相当ひどいものだったらしい。

「どうしたらいいと思う?理由は言えないけど、(ぼく)が殴ったのは事実だし、それが原因ってことでもいいよ」

 問題は、定国と季姫、二人のために、何故益が、畏れ多くも今上に殴られたのか、公表できないことである。今上が、それをよしとしないのだ。

「しかし、今上、それでは……今上ばかりに、皆の目が向いてしまいます。益殿の後頭部にも、地面で打った痕があるということですし」

「ですから私は、出家でも何でもする覚悟です。双子だと知れたらなおのこと」

 定国が、元は自分のせいだから出家すると言うが、今上は、それを認めようとはしない。

「だから、それは駄目だって。だいたい、山井のことはどうするの」

「そ、それは……」

 季姫のことを持ち出され、定国は言葉を詰まらせる。例え、昨日まで赤の他人であったとしても、姉妹だとわかった以上、定国には、季姫を守りたいという思いがあるのだろう。

 それは、季姫も同じであった。麻名子のことも、小町のことも、枝良のことも、そして枝良の妻子のことも、大切な家族には変わりない。しかし、実際に、自分と血の繋がった家族が目の前にいるというのは、また違う喜びがある。

「私一人くらい、何とかなります。父とは縁を切り、小野の邸に引きこもって、歌占でも何でも……」

 小町なら、都人からなんと言われようと、気にもしないだろう。後宮から下がり、父とも離れれば、素性がわかっても、誰に迷惑をかけることもない。

 そうして小町の側で、歌占でもしながらひっそり暮らすのも、悪くないかもしれない。

「それは認めん。第一、歌占は、小町殿の名声あってのものだろう。小町殿は今、おいくつになられるというのだ。これから先、山井はずっと一人で過ごす気か。そもそも、女官や女房が、和歌に優れて歌占ができることと、生業としての歌占は違う。有力な後ろ盾のない(かんなぎ)など、遊び女も同然ではないか」

 季姫の考えを聞いた定省王は、定国よりも貫之よりも早く、強く反対した。季姫は何故か、胸が熱くなり、鼓動が早まるのを感じた。


 今上が、周囲を見渡しながら、思案を巡らせる。

「困ったねえ……どうしたら……そうだ、定省。定省って、亡き在五中将と、殿上の間で相撲したことがあったよね。それで何だっけ、椅子の手すり折っちゃったんだよね」

 在五中将とは、在原業平である。在原氏の五男であり、右近衛権中将であったことから、在五中将と呼び習わされている。若き日に、今上の母である入内前の高子と、浮き名を流した張本人である。

「そんなこともありましたが……それが、どうされました?」

「それだよ、それ。(ぼく)と益が、相撲取ったことにすればいいんだよ」

 今上が、いい考えだとばかりに、満面の笑みを浮かべる。

「相撲ですか、なるほど……ですが、今上は、相撲の趣味はをお持ちではあられませぬな……ここに来て、突然、というのも何やら不自然……ならば、私と在五中将殿の相撲を思い出された今上が、益殿から相撲を、習われようとした。ところが、益殿が、力加減を誤ってしまい、その拍子に、今上の拳が、益殿の顔に当たってしまった。そこへ私が参内したものの、益殿はそのまま、相撲を続けようとして足下を誤り、地面に落ちた、と」

 定省王は、日頃の今上様子から、不自然にならないよう、そしてあくまで、益に過失があったのだとする内容を、作り上げる。

「完璧だね、さすが定省。でも、君が参内したのは、益が倒れてからってことでいいよ。貫之だっけ、ちゃんと書いてくれた?」

「はい、このように」

 そう言って貫之は、『在』『王』『椅子』『源』『相撲』『誤』『落』の九文字を見せた。

「う~ん、拳が当たったっていうのは……まあいいか。じゃあ、それで近衛達に説明して、あと、母上と紀君だっけ?(ぼく)のこと、気にしてくれてるのって。そういえば、全子にも言わないとね。その三人は、山井に任せていいかな?」

 今上の頼みに、季姫は深く頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ