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歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
第5章 秘密の真相と相撲の秘密
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真相

「あの騒ぎのなかで、よく聞き出せましたね」

 今上の話に、定省王が少々呆れ気味に呟いた。

「っていうか、そのために起こしたようなものだし、あれ。まあ、三人には悪かったけど、別に免職とかになったわけじゃないしね。もし、清如が知ってるとしても、多分、大丈夫じゃないかな。赤子を預かる話なんて、珍しくないし、別にそれが、郡司の孫だって、確証があるわけじゃないんだから。知ってたとしても、(ぼく)に話さなかったんだから、他に漏らすようなこともしないと思うし」

 少しのんびりした調子で話す今上に、季姫はまた、評価を改めることになる。

 優しく、下々の者への思いやりがあり、やんちゃで無邪気、その実、常に冷静に自らの成すべきことを見つめている……季姫は、近しく仕える者達の評価さえ、当てにならないものなのだと、実感した。

「雑仕女や遊び女達は、何やら『俺は、摂関家のすごい秘密を知っている』くらいは聞いていたようだが……誰も、その内容は知らされていないらしい。皆、一様に呆れ返って、信用ならない口説き文句の一つ、としか考えていない様子であったな。さすがに、人数が多すぎて、全員には聞いていないが……比較的付き合いの長かった者と、益になかなか靡かなかったという者を中心に聞いてみた」

 定省王が、さらりと言った内容に、季姫は背筋を振るわせた。そうしてうっかり、この定省王が、どんな方法で女達から情報を集めたのか想像しそうになり、慌てて頭を左右に振って、それを追い出した。

「おや、山井。どうしたのだ。どのように女達から話を聞いたのか、実践しようか」

 季姫が、突如頭を振る仕草をした理由を、当の定省王が正確に言い当てる。その手が頬を撫で、耳元で囁かれたその言葉に、季姫はただ、身を硬くする。

「「王侍従殿。お戯れはおよしください」」

 二人の声が同時に重なる。左右から、貫之と定国の二人が、季姫を守るように手を出し、定省王の接近を阻んだ。

「いかに王侍従殿とはいえ、彼女の意思を無視して触れることは、この貫之が許しませぬ。たとえ一介の文章生といえど、大切な女性を守るくらいの器量はあるつもりです」

「王侍従殿へのご恩はあれど、今し方、山井殿は、我が姉妹と判明したばかり。軽々しく手出しなさるのを、見過ごすことはできませぬ」

 身分も何も関係なく、貫之と定国の二人に、鬼気迫る表情で、季姫への接触を阻まれた定省王は、少し驚いた表情を見せ、身体だけは、素直に引き下がる。

「これはこれは、うるさい小舅と護衛が増えてしまったな。だが山井、俺は、二人で見たあの夜明けを、生涯忘れぬぞ」

 ただ引き下がるだけでは面白くないと、定省王が、余計な一言を付け加える。

 その言葉に、貫之と定国の二人は、思わず固まってしまう。

「「今、なんと!?」」

「王侍従殿。誤解を招く言い方はおやめください。歌占で倒れてしまった私を、介抱してくださっただけではありませんか」

 とにかく二人の誤解を解かなければと、季姫は慌てて訂正する。

「なあんだ、つまんないの。せっかく堅物の定省にも、ようやく春が来たのかと思ったのに。若狭もさ、すっごくいい子だとは思うけど、なんて言うか、定省と並ぶと、同志とか戦友とか学問の好敵手って感じで、ときめきがないんだよね。だからね、(ぼく)は、結構お似合いだと思うよ、定省と山井って」

 この中で、一番年少ながら、唯一恋人を持ち、間もなく子ができようかという今上は、四人が騒ぐのを、一段高いところから、余裕の表情で眺めていた。


「ところで……結局あの日、御前で何があったというのです。噂ではその、畏れ多くも、今上が……」

 季姫は、肝心なことを聞いていないと気付き、恐る恐る尋ねてみる。

「ああ、そっか。山井も貫之も知らなかったっけ。まあ、(ぼく)が益に手を出したのは本当だけどさ」

 今上は特に気にする様子もなく、事件の真相を話し始める。そこへ定国が口を挟んだ。

「ですがそれは、私のために……」

 つまり、益が定国を罵ったため、今上が益に手を出したというのだ。

「まあね。前から聞いていたとはいえ、益があんまり汚い言葉言うの、耐えられなかったんだよね。それでいい加減にしろって思ってさあ」

「ですが、とどめにはなっておりません。私があの時、伺候しなければ、益殿が転んで、地面に落ちることはなかった」

 次に口を出したのは、定省王であった。今上と益が揉み合いになっている時に、定省王が現れた。そのことで逃げようとした益が、誤って転落したのだという。

「それこそ、定省は関係ないじゃん。裏の廂にいたのに、騒ぎを聞いて駆け付けてくれたんだから」

「結局、益殿は、自らの勘違いで藤非職殿を恨んだあげく、勝手に罵った結果、事故死した、というわけですか」

 貫之の言葉に、その場にいる全員がため息を吐いた。

 一言でまとめれば、今回の事件の顛末は、それだけである。ただその場所が、内裏であり、今上の御前であったため、随分と大事になってしまったのだ。

「それで定省、この件結局どうするの。近衛とかにも箝口令してるし、そろそろ、摂政とかが、うるさそうなんだよね。それに、これ以上、摂政と母上が喧嘩するとこ、見たくないし」

 今上が、少しだけ嫌そうな表情をする。基経にいろいろと言われるのが、嫌なのだろう。

 とはいえ季姫は、基経と高子の喧嘩が嫌なら、馬の事件ももう少し穏やかに、何とかならなかったのかと、内心嘆息する。あの後、高子の機嫌を取るのに、三条を始めとして、常寧殿の女房達全員が、苦労したのだ。

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