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歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
第5章 秘密の真相と相撲の秘密
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藤若

「宇治のことは、あまり覚えていないのです。祖父の部下の子弟など、幾人かの遊び仲間はいたと思うのですが……都に来てから学ぶことが多く慣れず、正直、楽しかった宇治を思い出すと、辛いことも多かったものですから」

「なるほど。別れが辛くて、相手の存在そのものを忘れてしまった、と。たまに聞くな、そういった話は」

 定国の話に、定省王は納得し、今上は二人のというより、益の一方的な確執の可能性を指摘する。

「それじゃあ、益は定国を覚えてたのに、定国が益を覚えてなかったから、そんなことを言ったりしたの?」

「ですが、それだけでは……そもそも、益殿と藤非職殿が幼友達だったとして、それと、双子の存在とは関係がない。幼い頃の山井と偶然出会って、その可能性に気付いたとしても、確証がなければただの罵倒で、言った側に非があるだけで終わってしまう」

 もし、益が自分を覚えていない定国に、何かしら思うところがあったとしても、それと双子の話は関係がない。定国が、宇治の思い出が余りに楽しく、思い出すと辛かったのだと言えば、それで済んだかもしれないのだ。

「そうなんだよね。益はどうしてわかったのかな、二人のこと」

「もしかしたら……それが山井であるということまでは、知らなかったかもしれません。ただ、藤非職殿に双子がいると、その確信だけが、あったのでは」


 思考に行き詰まって四人が黙った時、御簾の外から声が聞こえた。

「差し出がましいようですが……気付いたことがございます」

 貫之である。

「もしかしたら益殿は、藤非職殿が自分を覚えていなかったことで、逆に双子だと確信したのではございませぬか」

 思わぬ方向からの話に、視線が貫之のいる辺りに向けられる。

「どういうことだ。中に入って説明しろ」

 今上の許可を得るのも忘れて、定省王が指示を出す。しかし今上も、それに異存がある様子はなかった。

「失礼いたします」

 御簾を上げて、貫之が身舎に入る。四人の視線が、貫之に集中した。

「つまりですね。益殿は、藤非職殿のことを、宇治の藤若ではなく、藤若の片割れ、つまり都季だと思っていた、という意味です」

 その発想はなかったと、四人の目が見開かれる。

「都季とは、山井のことか」

「あ、はい。都季ってのは、さっき本人が言った通り、彼女の幼名です。そもそも益殿は、宇治の藤若が、今現在、都にいることを知ってたんですかね」

 確かに、そうである。定国自身にとって、自分が藤若であり、覚えていないながらも、益と幼なじみだったというのなら、定国と藤若が同一人物なのは、当然である。

 だが、視点を変えてみれば、定国を知る人全てが、それが藤若だと知っているわけではないのだ。

「なるほど……益の中で、藤若っていうのはずっと宇治にいて、そのそっくりさんの都季とは都の市で出会ってるから、都にいるのはそっちだ、っていうのが前提だったわけだ」

「確かに、そうすると益殿にとっては、自分の幼なじみは、宇治の郡司の家で育っているというのに、その片割れが、摂関家に繋がる家の御曹司だというのは、正直、あまり面白くないだろうな」

「確かに、宇治で毎日遊んでいた藤若より、一度市で会ったきりの都季の方が、自分のことを忘れてて、当然だよね」

 今上と定省王が納得し、定国は脱力する。それなりに、益は定国への当たりがきつかったらしい。

「そんな誤解で、あんなに睨まれていたんですか、私は」

 だが季姫は、もう一つ、大事なことに気付いた。

「ですが……兵部大輔殿と北の方の恋物語は、有名ですよね。そのとき、お二人の間の子も、つまり藤非職殿も、御一緒だったというのも」

 高藤と列子の恋物語は、都中に広まっているのだ。つまり、高藤の長男である定国が、幼い頃、宇治で暮らしたということも、同時に広まっていることになる。

 しかし定省王は、別の見解を示した。

「だからこそ、確信したのだろう。自分が市で出会った都季こそが、兵部大輔殿に引き取られた息子で、自分がよく遊んでいた藤若は、宇治に残されたのだと」

 

 皆が得心したとき、定国が一つ、大事なことに気付く。

「結局益殿は、誰にも相談してはいない、ということでしょうか」

 問題はそこである。益がいざというときの切り札として、誰にも話していないのならば、このまま秘密は守られることになる。

 しかし、誰か一人にでも話していれば、どれだけ広がっているか、わかったものではない。しかも、何をどこまで話しているか、という問題もある。

「とりあえず、正直(まさなお)公門(きみかど)は、知らないみたいだったよ。でも清如(きよもと)はね、心当たりがあるみたいだった」

 今上が、つい先日、摂政によって放逐されたばかりの、馬仲間の名を挙げた。三人は、騎乗することもあった益とは、それなりに親しかったのだという。

「心当たり、ですか」

 定省王が、意外そうな表情をする。他にも知っている人間がいるとなれば、問題である。

「そう。ほら、清如って小野だからね。元は宇治の小野の出らしくて……といっても、詳しくは知らないみたいだった。ただ、郡司の頼みで、赤子を預かったことがあるってことだけかな。それは益にも話したみたいだけど……それがどこの誰なのかは、知らないって言ってたよ。もっとも、知ってて言わないだけかもしれないけど」

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