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歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
第5章 秘密の真相と相撲の秘密
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源太

 ちくしようはら


 畜生腹。つまり、赤子が双子以上で産まれることである。双子以上で産まれるのは、まるで畜生、つまり動物のようだとして、忌み嫌われる。

 これこそ、源益が藤非識定国に向かって吐いた言葉なのだ。


「こうして書くのも憚られる、ましてや口にすべき言葉ではない。その場に居合わせた藤非識殿に聞かれたのは仕方ないが、せめて山井には、知られたくなかったのだがな」

 定省王は、堪えるように声を絞り出して呟いた。


「それでさあ、このこと知ってるのって、あと何人いるの?」

 緊迫した空気の中に、今上の、少し間延びした声が響いた。これもおそらくは、わざとであり、少しでも場の空気を和らげようとしてくださっているのだと、季姫は考えた。

「当然ですが、我が母と、おそらく女房の弁の君。あとは、宇治の祖父母も、知っている可能性があります。母と私が父に引き取られたのは、七歳の時ですから、父が知っているかどうかはわかりません」

 まず、定国が口を開いた。

「知ってたとしても、さすがに自分の子供のことは、広めたりしないよね。あの高藤だし。あとは女房達がどれだけ知っているかかなあ」

 だから、定国の家族を警戒する必要はない。ただ、女房の中には、心ない者がいる場合があり、少し注意が必要である。

「私の方は……父は養父ですから、知らないと思います。多分、亡き育ての母も、詳しく知らなかったと思いますし。祖母が、知っているというよりは、状況から見て、おそらくそうだろうと、ほぼ確信に近い推測をしている様です」

 次に、季姫が答えた。麻名子が知っている様子はなく、ならば枝良も知らないはずである。例え麻名子が知っていたとしても、枝良に伝えるとは思えないし、そもそも、小町ですら、確証がないといっていたのだから、それを小町が麻名子に伝えているとは、考えにくい。

「祖母って、あの小町どのだっけ?それはもう、知ってるのと同じだよね。お元気なんだね。(ぼく)にとっては、伝説みたいな人だよ。そうだ、今度会わせてよ」

「ありがたきお言葉にございます」

 小町が、今上に会うことを栄誉と思うかどうか、季姫にはいまいち確信が持てなかった。小町は、あの深草少将にさえ、手を焼いているのだ。

「それで、益が誰かに話したりしてないのかな?そもそも益はさ、なんでそんなこと知ってたわけ?」

 今上の疑問に、定省王が答える。

「藤非職殿は、七歳まで、宇治にいたと言ったな。その頃、益殿も、宇治にいたはずだ」

「益殿が?」

 初耳だったのか、定国が驚く様子を見せた。

「あ~そうだね。途中から来たんだよね、益って。五歳くらいのときだったかな?全子の息子だからよろしくって言われた気がする。なんて言ったっけ?そうそう、源太だ源太。ほら、源陰の長男だからって。そのまんまだよね、幼名」

 今上が、益が側に仕えるようになった日のことを思い出し、その幼名を口にした。その名に季姫は、脳裏を過ぎる光景があった。

「源太……藤非職殿、幼名は何でしたか」

「藤若、ですが。それが、どうかしたのですか」

「藤若……」

 藤若、その名もまた、季姫の記憶の奥底に眠っていた名前であった。ここに、事件の鍵があると、季姫は確信する。

「母は私を、父の形見として、宮道の家で育てるつもりだったそうです。ですからせめて、幼名に、父の子である証を残そうとして、藤若にしたのだと」

 しかし定国は、季姫が不思議そうに己の幼名を呟いたのを、別の意味に受け取ったようである。益の源太同様、命名の由来を説明する。

「源太に藤若……私、幼い頃に、益殿に会っているかもしれません。紀の兄様、覚えてませんか」

 記憶の中に、季姫はこの場に同席している人物、貫之がいることに気付いた。


「幼い頃?」

「ほら、私が男装して、一緒に市に行った時です。母達に無断で出かけて、あとですごく叱られた時……また兄様が阿古兄様で、私が都季だった頃……」

「ああ、確か君が、絹織物に夢中になって、はぐれた時だね」

 母達に無断で、内教坊を抜け出したのは、たったの一度であった。子供二人だけの大冒険は、それぞれに鮮烈な思い出を植え付けている。

 だから、一度思い出せば、その細部に至るまで、かなり鮮明に記憶がよみがえるのだ。

「そうです。その絹織物を見ていたら、別の男の子に、声を掛けられたんです。藤若じゃないかって呼ばれて……」

「ああ、あの無礼な奴。君が怖がっていたから、俺、睨み付けた気がする」

「そうです。確かその子、源太って言ってて、宇治がどうとか。それで、私とその藤若が似てるだかそっくりだかって……」

「それじゃあ、山井が子供の頃に出会った源太が、益だったってこと?」

 その頃、益が宇治から出てきたばかりだったとして、その宇治に、藤若と呼ばれた定国がいたのだとしたら……よく似た都季――季姫を、藤若と取り違えて声を掛けても、おかしくはない。

「あり得ない話ではないですね」

「それだとさあ、定国と益は、宇治で一緒だったってこと?全然、そんな風に見えなかったけど」

 季姫の話に、今上が疑問を投げかけた。宇治で友人だった割には、身分の違いを考えても、益と定国は、それほど親しいという雰囲気が、感じられなかったのだろう。

 定国は頭を掻き、少し恥じるように、当時を語った。

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