謁見
「やはり、似ている」
梅壺に入った季姫は、定国の隣に座るよう命じられた。季姫を見た定国が、目を見開いて驚く。驚いて呆然とする定国に、季姫は軽く会釈し、指示された通りに座った。
定省王が。二人を並べた感想を言うと、今上が頷く。
「うん、定国が化粧したら、そっくりなんじゃない」
化粧、と言われて、隣に座る定国の顔が、引きつったのがわかる。
「あの……これは、一体。こちらの女房どのは確か……太后様の」
「知ってるんだ?母上の女房の、山井だったよね」
「仰せの通りでございます」
今上の言葉に、季姫は頭を下げて答える。
「山井殿……やはり、昨日いらっしゃったのは、あなたですね」
定国の言葉を聞いた定省王が、季姫を問い詰める。
「山井、お前まさか、定国の邸にまで、探りに行ったのか」
「三条殿……太后様にお仕えする他の女房の遣いで、東三条殿にお仕えする女房を訪ねただけです。藤非職殿とは、その時に少し……」
定省王の鋭い追求に、季姫は、表向きに作った用事を説明する。益の件では、自分が勝手に動いていると思われる分には構わないが、高子の意思だと、悟られるわけには、いかないのだ。
「三条なら、ずっと前から母上のところにいる女房だよ。三条に言われたら、山井は断れないよね」
今上の言葉が、季姫の説明を裏付ける。未だ、不審そうな表情を残したまま、それでも今上の言葉に、定省王は一応、引き下がった。
「ふん、そうか」
「なるほどねえ……益があんなこと言ったの、本当だったんだ」
今上が、季姫と定国の顔を見比べる。
「やはり、山井殿は私の……まさか、そんな……」
季姫の隣で、定国が動揺し、震え出した。その言葉に、定国が益の言葉を聞いていたのだと知り、事件の時、この三人が現場にいたのだと、季姫は確信を持った。
「朕はね、もっと前から聞いてはいたんだよ。でも、益の勘違いか、見間違いだと思ってたんだよね。朕がもっと、益の話をちゃんと聞いてたらさ、こんなことには、ならなかったのかなあ」
少し、哀しげな表情をする今上に、定省王は断言する。
「たとえ、本当のことであったとしても、咎のない他人を、やたらと貶めるような言動は慎むべきです。そもそも、もし、万が一にもこれが原因で、藤非職殿が失脚したとしても、益殿が、代わりに非職になれるわけではありません。候補者など、藤原北家の者や、我ら諸王、それに源氏など、いくらでもおります」
蔵人所の非職は、蔵人に空きができたとき、優先的に蔵人になれる立場である。それ以上に有利なのが、上級貴族の子弟達である。
「そうだよね。でも……せめて僕が、益にそう言っていれば……」
それでも今上は、益の話を聞かなかったことを、悔やんでいる様子であった。今上が、益の話を聞いた上で、定省王が言ったようなことを言い聞かせれば、最悪の事態は防げたのかもしれないというのだ。
しかし、もし、それができたからといって、益がどう出たかは、誰にもわからない。
「申し訳ありません、やはり私のせいで……」
定国が非職でなかったら、確かに益が死ぬことはなかったかもしれない。けれど、定国には何の咎もない、というのが今上と王侍従の見解なのだ。
「だから、なんで定国が謝るかなあ。何も悪くないじゃん」
「仰せの通りだ。あまり気に病むな」
「あの……益殿は、もしかして……」
三人の会話を聞きながら、季姫は、益の発言を予測した。多分、間違いないはずだ。
これなら、あの歌占の結果とも一致するし、列子や弁の君の反応、そして小町の話も、納得できる。
「山井、昨日の料紙……いや、何でもない」
定省王が、季姫の歌占に触れかけたが、誓いを思い出して口を閉ざしたのだろう。
「構いません、王侍従殿。こうなっては今さらです。今は、それ以上の秘密が、暴かれているのですから。ただ、これからご説明することは、今上にも藤非職殿にも、私と藤非職殿との間柄同様、絶対、ご内密に願います。それと紀の兄様、今のであらかたお分かりかと存じますが、藤非職殿と私とのこと、くれぐれもご内密に」
季姫は、この場で歌占の力を明かすことに決め、同時に貫之に、もう一つの秘密を守るように、依頼した。
あの時は今上の人柄がわからず、内密にと頼んだのだが、こうして話してみると、周囲が思う以上に、聡明で思慮深く、またそういった面をあえて隠しているのだとわかる。
定国に至っては、自分と同じもう一つの秘密を抱える身であり、それに比べれば、歌占の力を明かすことなど、なんともない。
「承知しております」
貫之の返事は、季姫にではなく、今上に向けられていた。
季姫が、一通り歌占の説明をすると、定省王がどこからか、硯箱を用意してきた。ここで、全てを再現するわけではないが、元の歌と、結果の文字があるだけでも、随分とわかりやすくなる。
それに、おそらく益が発したという言葉は、口にするには憚りがあった。だからせめて、文字を分けて、それぞれ別の料紙でも書き付けるくらいしか、方法がない。
季姫はまず、詠んだ歌と歌占の結果を、書き付ける。
たらちねの おやのみなもと しらしめせ ふぢたちばなか のはなかさへしる
ち しら ふぢ は
六文字のうち、「ふぢ」は藤原氏であることを示しているから、問題は、残りの四文字「ち」「し」「ら」「は」である。
定省王が筆をとり、別の料紙に三つの文字を書いた。
く
よ
う
この七文字を並べ替えると、一つの言葉になる。




