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歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
第4章 歌洗う姫は月下に舞う
19/32

出自

 定国と話しても、何の情報も得られないと知った季姫は、それでも会って話してくれた定国に礼を述べ、退出することにした。

 弁の君に案内され、再び北の対に向かう。南側の廂に通され、次は列子と対面する。

「まあ、あなた、もしかして……」

 季姫が顔を上げた時であった。

 列子が悲鳴に近い声をあげ、御簾から転がるように出てきた。一体、何が起こったのか、季姫には検討もつかない。

「山井殿、と仰られましたね。不躾ですが、ご両親は……」

 列子をなだめながら、同じように驚きの表情をした弁の君が、季姫に尋ねた。

「父は、太皇太后宮少進を務める、藤原枝良と申します」

 何故、親のことを聞かれるのかわからなかった季姫は、とりあえず、自分自身の公式な身分を伝えた。

「あら、ごめんなさい。それじゃあ、ちゃんとご両親がいらっしゃるのね」

 季姫の答えに、列子はやや落胆の色を見せると同時に、落ち着きを取り戻す。しかし、弁の君は、季姫をじっと見つめると、再び口を開いて質問を続けた。

「重ねて失礼ですが……お年は?」

「十七になります」

 一体何なのか、わからないながらも、年長者二人を前に、季姫は聞かれたことに素直に答える。

「それじゃあ、定国と同じなのね」

 季姫の答えに、落胆していたはずの列子が、声を弾ませた。自分の息子と、女房が同じ年齢であったとしても、特にいいことがあるわけではない。だが、同じ年の生まれである、ということは、当人同士を近しくさせる。季姫と義子が、そうであった。ただ逆に、互いに意識しすぎて、遠ざけることもあると、季姫は知っている。

「枝良殿が、北の方を娶られたのは、ちょうど十年まえのはずです。その嫡男が、ちょうど十歳になられるとか。その前に幾人か、通い所があったと、お聞きしたことはありますが……その間に生まれたお子も、男子ばかりと聞いています」

 弁の君の言葉に、季姫はどうやら、二人が、自分自身の公的な身分を知りたいわけではなさそうだと、判断した。

「弁の君は、詳しいですね。お察しの通り、私は枝良の養女です」

「縁者に息長(おきなが)氏の、枝良殿の北の方に繋がる者がおりますので。では、実のお父上は?」

 ついこの前も、定省王がこの話題を持ち出した。今まで、誰からも、何も言われたことがなかったのに、一体、何だというのだろうか。

 ここまで続くと、もはや偶然だとは思えない。

 しかし、何がどう繋がっていて、誰が何を知っているのか、わからなくなってくる。ともかく季姫は、聞かれたことにだけ、素直に答えることにした。

「わかりません。何も、知らないのです」

「お母上についてもですか?」

「育ての母は、内教坊の妓女であった、小野麻名子です。産みの母のことは、何も……」

「小野の……それじゃあ、ねえ、弁の君。山井殿は……」

「お方様、あまり迂闊なことは、申されますな。申し訳ありません、山井殿。いくつも、不躾なことをお伺いしてしまいました」

 季姫の返事に、列子はまた声を弾ませ、弁の君はただ淡々と、不躾な質問を詫びた。

 列子はまだ、季姫との話を続けたそうな素振りを見せたが、弁の君が頑として制止した。

 季姫は東三条殿を出て、小町の邸に向かった。


「実の両親じゃと?」

「はい、何か、ご存じありませんか」

 邸に着いて早々、挨拶もそこそこに、詰め寄らんばかりに尋ねる季姫に小町はため息を吐く。その様子に季姫は、望む答えが返ってこないことを、痛感した。

「知っておったとして、裳着の折りにすら話さなんだことを、今頃言うと思うか」

 期待していたわけでない。ただ、何か知っているなら、教えて欲しい。益の事件を調べていたはずなのに何故か、季姫の出生に飛び火して、季姫は今、自分が何をどう調べるべきなのか、方向性を見失いかけている。

 いつもなら、聞くだけ聞いて引き下がる季姫だが、今日ばかりはそうはいかない。季姫は、自分が何故知りたいと思ったのか、事情説明を始める。

「実は……例の、益殿の事件を追う中で、それぞれ、全く別々のお方から、両親のことを聞かれたのです」

「別々の人間?」

「はい。お一方は、益殿の事件を、近衛に知らせた王侍従殿」

「深草殿の孫か」

――そう、定省王って言ってね。ちょっと態度が大きくて冷たいけど、真面目だし、意外といい奴だって、季姫も思ってるんじゃないかな

 深草少将が現れ、余計な一言を付け加える。

「王侍従殿ですか?……正直、苦手ですね」

――苦手ってことはね、意識してるってことじゃないかな

「やめて下さい。そもそも、身分が違い過ぎます。それに、王侍従殿には、若狭がいるじゃないですか」

――彼女は別に、何とも思ってないと思うよ

 少将の話を無視して、小町は季姫との話を続けようとした。

「それで、もう一人は誰じゃ?」

「もうお一方、というかその場にお二方いらして、兵部大輔殿の北の方と、その女房の方です」

「兵部大輔殿?ああ、確か、堀河殿のぱっとしないが、なかなか風情を解する従弟殿か。何をしに、そんなところへ行ったのじゃ」

 小町は、やや不機嫌な様子を見せた。

 しかも小町も大概、一言多い。少将と小町は、以外にも似たもの同士、お似合いなのかも知れないと、季姫は思った。何せ、四十年の付き合いなのだ。

「兵部大輔殿のご子息が、蔵人所の藤非職殿でいらして……事件の折、伺候されていたかどうか、お伺いしたかったのです」

「内裏で聞けばよかろう」

 小町の、不機嫌な声は直っていなかった。何故、祖母がこんなに機嫌が悪いのか、季姫には検討がつかない。

「それが、ずっと物忌で、出仕されていらっしゃらなかったのです。それにこれは、太后様のご指示ですから」

「元々は、季姫が探した情報じゃろう。深草殿から聞いておるわ」

――ごめんね、季姫。小町殿があんまり気にするものだから……

 少将は、時々、鏡を通って小町に会いに来る。

 ただ、今のように依り代である檜扇は小町の元にあれば問題はないが、鏡を通って、仮に来るだけでは、四半刻と離れていられない。しかも、限界がくると自動的に鏡に吸い込まれ、檜扇まで戻ってしまう。その上、いったん、鏡を通る術を使えば、一刻以上は檜扇の中で、大人しくしていなければならない。自力で外に出られなくなる。

 だから少将はいつも、季姫が眠る頃、小町に会いに来る。その少将を小町は、特に用件もなければ、さっさと帰れと追い払うのだ。


「それは別に、いいです」

 少将が形ばかり、手を合わせて詫びる。どうせ、小町に気に入られようとして、季姫の行動を逐一報告しているに違いない、そんな疑いが季姫の胸中を占める。

「それで、どうであったのじゃ、その藤非職殿は」

「何も、お話くださいませんでした。ただ……その後、北の方にお会いして、両親のことを……兵部大輔殿の北の方と言えば、確か、宇治の郡司の娘さんだったお方で、摂関家に連なるお方に見初められたのだと、今でも語りぐさになっています」

 今日対面した列子は、少しおっとりしたところのある、明るい女性であった。変に欲望を漲らせることもなく、かわいさで許される程度の、多少の我が儘さと無邪気さを持っていた。出会い、分かれて六年後に再会して結ばれたという二人の恋物語は、今でも女性達の、憧れの的であった。


「季姫、それ以上関わるでない」

 渋い顔で聞いていた小町が、季姫の話を遮った。

「ですが……確か宇治には、小野の郷がありますよね。何か、関わりが……」

 小野氏の本拠地は近江国の小野村であるが、山城国にもいくつか拠点がある。その一つ、宇治の小野の郷は、麻名子の出身地のはずである。この符号に季姫は、胸の鼓動が速まるのを感じ、さらに食い下がった。

「関わるでないと、言うておろう。わしからは、何も言えぬ。それが、おぬしを引き取るときの、相手との条件ゆえな」

 小町は、詳しいことは何も言わなかった。しかし今の季姫には、その返事だけで充分であった。

「では、お祖母様は、ご存じなのですね」

 やはり、小町は自分の両親を知っているのだと、季姫は声を弾ませる。しかし小町は、決して、知っているとは、言わない。

「知っておるとも言えるし、知らぬとも言える。おぬしを小野の者に預けた相手は知っておるが、それは明かさぬ条件で引き取ったのじゃ。実の両親については、確証がない」

「確証がない、とはどういうことですか」

「時期と状況から、おそらくはと、こちらで勝手に事情を忖度しただけのこと。合っておるかもしれぬが、間違っておるかもしれぬ。五分五分じゃ」

 小町はおそらく、季姫の両親について、十中八九間違いないと、考えているのだろう。ただ、それを裏付ける証拠がない。証拠のないことは、無闇に口にすべきではない、というのが小町の信条であり、常々季姫も、厳しく言い聞かせられている。

 だからこそ小町は、季姫にも自分の予測を言えずにいるのだ。

 実の両親と小野氏との間に入っているという「相手」を知っている、というだけでも、今の小町には、最大限の譲歩のはずだ。

「そうですか……それでは、教えて頂くわけには、いきませんね」

「まあ、これだけ周囲がうるさくなってきおったからの。そのうち知れるじゃろうて」

 落胆する季姫に、小町ははっきりとした口調で、そう告げた。

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