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歌洗う姫と物怪の少将  作者: 夜宵氷雨
序章 都の市の不思議な出会い
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邂逅

「母上の言うことをよく聞いて、お仕えするのだぞ」

 往来を行き交う雑踏の中、父に手を引かれた源太(げんた)は、頭上から聞こえる小言には気も留めず、周囲の景色に目を奪われていた。生まれて初めての都、それも人々の集まる市を通っているのだ。山中で育った源太には、見るもの全てが珍しい。

 美しく織りあげられた布に、唐渡りの焼き物や緻密な細工が施された蒔絵の道具たち。そんな、一体誰が使うのかというような高級品に混じって、源太もよく知る麻布や土器なども数多く並べられている。これだけ多くの品々が一同に並ぶ様は、幼い目に不思議な心地と共に興奮を覚えさせた。

 一際、鮮やかな絹に彩られた(みせ)に、源太の目が惹き付けられる。正確には、廛先に並べられた色とりどりの絹ではなく、その前に立つ少年に対してであった。源太は、父の許可を得るより前にその手を解き、少年の近くまで駆け寄った。

藤若(ふじわか)、お前も都に来ていたのか」

 源太が肩を叩くと、少年は、怯えた表情を見せた。

「き、きみ、だれ?」

「つれないなあ、俺だよ、俺、源太。お前、藤若だろ」

「だ、だれ……わたっ……僕、藤若なんて知らない」

 言われて源太は、少年の顔を改めて見直す。間違いなく藤若だ、少なくとも藤若と全く同じ顔だ。

「じゃあ、お前誰だよ。なんで藤若と同じ顔してんだ」

「そ、そんなこと言われても……」

 源太が詰め寄ると、少年は更に怯え、身体を震わせる。

「本当に、藤若じゃないのか」

 源太がもう一歩、少年に近付いた時、後ろから強い力で引っ張られた。

都季(つき)を、どうしようっていうんだ」

 源太が振り返ると、ほんの少し年嵩の少年が、自分を睨み付けている。

「つき?」

 源太が、聞いたことの無い名に首を傾げると、後から現れた少年は、さらに視線を鋭くし、口調を強めた。

「僕の連れだ。都季に触れるな」

「あ……あ、阿古兄様」

 藤若と同じ顔の少年は、怯える表情を源太に向けたまま、後から現れた少年を阿古と呼び、その袖を強く掴んだ。

「探したよ、都季。何もされてない?」

「う、うん。大丈夫。ありがとう」

 都季と呼ばれ、藤若と同じ顔の少年は、阿古という少年に、心底安堵した表情を見せる。

「あまり遅くなると、母上達が心配する。行こう」

 阿古という少年は、源太に一切目をくれることなく、都季と呼ぶ藤若と同じ顔の少年に、優しく慈しむように言うと、その手をしっかりと握り、その場から立ち去った。


「こら源太、勝手に動くんじゃない」

 二人の少年が去った方向を、呆然と眺めていると、源太の頭に軽い衝撃が走る。父親の拳骨を食らったのだ。父が息を切らしているところを見ると、自分を探して走り回ったのだろうと、源太は頭の片隅で考える。

「すまん、親父」

 源太は、殴られた頭をさすりながら父親に詫びたものの、その心は、藤若にそっくりな都季という少年に気を取られたままであったため、結局口先だけになってしまった。そんな源太の様子に、父親は、ため息混じりに息子を諭す。

「源太、お前はさる高貴なお方にお仕えするのだ。お前の務めは、わかっておろうな」

「わかってるって……いや、承知しております、父上。父上や母上の恥となるような真似は致しませぬ」

 さすがにこれ以上、父親に心配はかけられないと、源太は背筋を伸ばし、改まった言葉遣いで答えた。源太はこの日、母親と久方ぶりの対面をした後、都の母の邸に残る。現在、宇治に住む父とは、離れて暮らすことになるのだ。

「その意気だ、頼んだぞ」

 父親に、殴られたばかりの頭を撫でられ、少々気恥ずかしい居心地の悪さを感じながら、源太は少年の表情を思い出す。

——何だよ、あいつ。藤若のくせに。絶対、藤若だった。都季なんて、名乗りやがって。あの阿古って奴も気に入らねえな

 源太は、都季と呼ばれた少年が、自分が知る藤若であることを暴いてみせると、決意を固めた。

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