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(レベッカ視点4)
荒い息をつきながらアレクシアは横たわっていた。
額にはうっすらと汗をかき…赤く染まった顔が苦しげに歪んでいる。
ベッドの脇で膝をついたパトリックがアレクシアの手を握りしめていた。
部屋にいたテオドーロが私達を見て眉をひそめた。
「殿下まで…。シアは今このような状態です。お引き取りください」
「そういう訳にはいかない。調べたい事がある」
「調べる?何をですか」
部屋を見渡すとベッドサイドに置かれた水差しが目に入った。
私はそれを手に取り、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「レモンの香り…」
———アレクシアが言っていた通り…
「テオドーロ様」
私は振り返ると小瓶を掲げた。
「この水差しに、この瓶の中の液体を入れます」
「は?」
「もしもこの水に毒が入っているならば、紫色に染まるはずです」
「…毒?」
テオドーロは眉をひそめた。
「ちなみにこれはリアム様からお借りしたものです。効果はリアム様が保証していただけますよね」
「ああ。家で試してきた」
リアムは頷いた。
…試してきたって?宰相家は毒もあるの?!
瓶を開け、中身を水差しの中へと垂らす。
一滴落ちると…見る間に紫色へと変化し水中に広がった。
「———アレクシアが、熱が出ている間は水からレモンの香りがしたと言っていました。普段はただの水だと」
私はテオドーロを見た。
「…熱で苦しいだろうから香りがついていれば少しは飲みやすいだろうと思ったんだ」
「そうですか…。ところでテオドーロ様。大切な姉君が毒を飲まされたかもしれないと言っているのに、随分と落ち着いていますね」
表情の変わらないテオドーロをじっと見つめる。
「…ばかばかし過ぎて反応する気にもならないからね」
「グロリラグラス」
私の言葉に、テオドーロは眉をぴくりと動かした。
「テオドーロ様のご実家の領地でしか生えない植物ですよね。レモンに似た香りを持ち、服用すると麻痺や発熱などの症状を出す。量が多いと記憶障害も起こします。———アレクシアの症状と一致しますね」
「さすが主席入学。よく分かったね」
しばらくの沈黙の後、テオドーロは口を開いた。
「記憶障害までは把握してなかったんだけど。どうやって知ったの」
「王宮図書館の本にありました」
「そう」
「———テオドーロ」
動揺する様子もないテオドーロへと、殿下が一歩近づいた。
「君は…毒と分かってシアに飲ませたのか」
「死に至るようなものではありませんよ。麻痺は残る可能性がありますが」
「…死ななければいいと?」
「多少身体が不自由でも問題はないでしょう。この家から出なければいいのだし、シアの面倒は僕が全て見るんですから」
「お前…」
パトリックとリアムは信じられないという眼差しでテオドーロを見ていた。
「君はそれでシアが幸せになれると思っているのか」
「〝誓い〟とやらでシアを縛りつけようとした人に言われたくありませんね」
殿下を見据えてデオロードは言った。
「学園はシアにとって危険な場所だ。だからずっとこの家にいるべきなんです」
「お前の側が一番危険だろう!」
パトリックは立ち上がるとテオドーロの胸ぐらを掴んだ。
「よくもシアを…っ」
「あんたの婚約者になったせいでシアは扇子で叩かれたんじゃないか」
怯むことなくテオドーロは応えた。
「っそれは…」
「…リック…?」
聞こえてきたか細い声に、一同は一斉にベッドを見た。
青い瞳がパトリックを見つめていた。
「シア!」
パトリックはアレクシアの側に寄るとその手を握りしめた。
「気がついたのか。…俺が分かるか?」
「…リック?みんなも…どうして…」
ゆっくりと、ベッドの周囲を見渡した視線が最後にテオドーロに止まった。
不思議そうな表情で…目を瞬くと、ふ、とアレクシアは笑みを浮かべた。
「テオドーロ?久しぶりね…すっかり大人びたわ」
「え?シア…?!」
テオドーロは慌ててアレクシアの顔を覗き込んだ。
「何年振りかしら。いつ王都に来たの?」
「…どうして…」
「ああ…あなたも今年入学だったわね…学園に…あ、れ…」
アレクシアは不安そうに視線を漂わせた。
「今…?わた、し…?」
「シア———君は熱があるんだ」
パトリックはそっとアレクシアの目を手のひらで覆った。
「何も考えなくていい。まだお休み」
「…リックの手…気持ちいい…」
口元に笑みを浮かべると、再びアレクシアは眠りへと落ちていった。
第五章 おわり
毒に関する内容はフィクションです。
名称も架空のものです。