02
昼休み。
パトリックに連れてこられたのは生徒会室だった。
———ゲームでは見た事があるけれど、中に入るのは初めてだ。
広々とした室内には執務用だろう、シンプルだけれど重厚感のある机がコの字に並んでいる。
その部屋を通り抜けて、パトリックは奥の扉を開けた。
扉の向こうにはソファやテーブル席が置かれた、前の部屋よりは柔らかな雰囲気の部屋があった。
ここは確か、生徒会のメンバーが休憩したり来客と応対する部屋だ。
テーブルの上には二人分の食事が既に並べられていた。
「ここに運んでもらう時は料理は自由に選べないんだ。食べられないものはある?」
「いえ、大丈夫です」
ゲーム内でもそうだったが、パトリックは食堂で昼食を食べる事が少ない。
生徒会の仕事をしながら取る事が多いのだ。
「ごめんなさい…忙しいですよね」
「今日は昼にする事はないよ、だから誰もいないだろう」
パトリックはそう答えた。
前世のように始業式があるわけでもなく、夏期休暇明けはしばらく行事もないので割と暇らしい。
「それで、話とは?」
向かい合って昼食を食べ、ソファへと移動して並んで座り、食後のお茶を飲み始めた所でパトリックが尋ねた。
「…はい…殿下の事です」
そう答えるとパトリックは私の手を握り、自身の膝の上へと乗せた。
「聞かせて?」
パトリックの体温が伝わってくる。
向き合っても話しにくいけれど、すぐ隣に座られるのも…言いづらい。
でも、言わなければ。
「殿下と私は…誓いを立てていたそうです」
殿下との事、テオドーロに求婚された事。
彼らに言われた事を全て話した。
パトリックは口を挟む事もなく、黙って私の話を聞いてくれた。
…殿下に襲われそうになった事を伝えた時は、その手に力が入ったけれど。
「———話してくれて良かった」
全てを話し終えて、しばらく沈黙が続いた後。
パトリックは口を開いた。
「…あの夜会の時の様子から、そんな気はしていた」
手を引かれ、パトリックを見やる。
「君の婚約者は俺だ」
「…はい」
「過去に誰と何があろうとも、誰が君を好きであろうと。俺は誰にも譲らない」
「———はい」
頷くと、私を見つめるエメラルドの瞳が細められた。
「愛しているよ、シア」
パトリックの顔が近づいた。
目を閉じると柔らかなものが唇に触れる。
温かくて…心地が良くて。
———ああ、やっぱり私はこの人が好きだ。
心の中の不安がゆっくりと溶けていくのを感じた。
「…シア」
長い口付けを交わして、パトリックは口を開いた。
「来年俺が卒業したら、すぐに結婚したい」
「え…?」
「卒業したら領地にも頻繁に帰らなければならないし、今まで以上に会えなくなる。あの二人が君を狙っているんだ…不安なんだ」
「でも、私が好きなのはリックです」
「君の心が彼らになくても、…いや、ないからこそ彼らが君に何をするか分からないだろう」
「…それ…は…」
殿下にされそうになった事を思い出してぞっとした。
「ベルティーニ伯爵にも話をする。学園を退学しなければならなくなるが…」
貴族の女子は結婚する年齢が早いため、退学する事は珍しくはないらしい。
五歳年上の婚約者を持つ同じクラスの子も、一年が終わったら退学して結婚すると言っていた。
「シア。結婚してくれるか」
不安の色をにじませた瞳が私を見つめた。
「はい」
エメラルドの瞳を見つめ返して私は答えた。
ほっとしたように、パトリックの表情が緩んだ。
「シア」
そっと抱きしめられて…私もパトリックの背中へと手を伸ばす。
前世でも高校を卒業できなくて。
また今世でも中退するのは残念に思うけれど。
テオドーロから離れた方がいいと思う。
家や学園で殿下に会う度に…不安に付きまとわれるだろう。
そして、何よりも。
パトリックと会えない事が寂しいのだ。
「…リックが…領地に帰っている間、寂しかったです」
思わず心の声がもれてしまった。
会いたいと、毎日思っていた。
あのエメラルドの瞳が見たいと…私を見て欲しいと。
寝る前に、パトリックから貰ったネックレスを握りしめるのが癖になっていた。
その後は枕の下に忍ばせて…朝起きたら最初にまた握りしめて。
そんな事をしても、寂しさは消えないのだけれど。
「ああ。俺もシアに会えなくて寂しかった」
耳元で響くパトリックの声はとても心地良い。
…そういえば前世でも、パトリックの声が好きだったな。
ふとそんな事を思い出した。




