01
二学期が始まった。
学園に行くのは…正直怖い。
夜会での事件や私と殿下の噂がどう広まっているのか。
それを婚約者のブリジットは…どう思っているのか。
殿下とはあの日以来会っていない。
私の家に来た事を、陛下にこってりと叱られたと父から聞いた。
———従兄弟として学園や王宮で会う事は仕方ないけれど、家に来る事は禁じられていたらしい。
殿下の事。
テオドーロの事。
学園の事。
そして…毒の事。
記憶をなくしてから自分の身に起きた事が沢山あり過ぎて…何をどう考えたらいいのか、分からないまま夏期休暇は終わってしまった。
「シア!」
憂鬱な気持ちで馬車を降りると、聞きたかった声が聞こえた。
「リック」
「シア!会いたかった…」
駆け寄り抱きしめられる、その腕の強さと体温が心地良い。
私も会いたかった…けれど。
「こんな所で何をしているんですか」
冷ややかなテオドーロの声。
…そうね、学園の馬車止めで抱きしめられるのは…正直恥ずかしい。
「仕方ないだろう、シア不足だったのだから」
そう返すと、パトリックは再び私を抱きしめた。
「あ、あの…でもここでは…」
今は朝の、いわゆる通学ラッシュ時間。
多くの生徒が私達を横目に見ながら校舎へと向かっている。
「こんな所だからだ」
パトリックは耳元に口を寄せた。
「え?」
「俺達の仲のいい所を見せつけておけば、殿下との変な噂はすぐ消えるだろう」
そ…ういうもの?
まあ確かに…私達を横目に見ていく生徒達の眼差しは、批判的というよりは…生温い。
あらあら朝からお熱いわねえ、なんて言葉が聞こえてきそうだ。
…それはそれで居たたまれないのだけれど。
「ではもう気が済んだでしょう」
一人イライラしているテオドーロが口を開いた。
「いい加減離れて…」
「アレクシア」
聞こえた声に、びくりと肩が震えた。
「殿下…」
「おはよう。もう身体は大丈夫?」
王子様スマイルを浮かべた殿下と、今までよりも表情が柔らかくなったような気がするリアムが立っていた。
「おはようございます、殿下」
私を抱きしめるのはやめたけれど、肩を抱いたままパトリックが言った。
「朝から仲がいいね」
笑みを浮かべたままそう言って———殿下の顔がすっと真顔になった。
「アレクシア。夜会の時は怖がらせて悪かったね」
「え…あ、はい…?」
「妹のように大事に思っている君が傷つけられて、ついかっとなってしまったんだ」
よく通る声で殿下は言った。
———まるで周囲で聞き耳を立てている生徒達に聞かせるように。
「でももう終わったから。安心してね」
「…はい…ありがとうございます」
私は頭を下げた。
…これは、噂を収めようという殿下の魂胆か。
確かに私は殿下の従妹。
血の繋がりのある私が妹のように大事だと言えば…あの時の殿下の行動もおかしくはないのかもしれない。
だけど。
殿下の言い訳は、あくまでも対外的なものだ。
私と殿下との間の事を知ってしまった以上…言葉通りには受け取れない。
「それじゃあ」
再び王子様スマイルを浮かべると、殿下は手を振って去って行った。
「シア?」
ぎゅっと手を握りしめた私の顔をパトリックが覗き込んだ。
「…リック。あの」
どうすればいいのか分からなかったけれど、一つだけ決めた事がある。
「お話したい事があるんです」
パトリックには、殿下とテオドーロの事を話そうと。
毒の事は…ゲームとの関係もあるし、私には関係ない可能性もあるから言えないけれど。
この二人の事はパトリックに伝えなければ。
「分かった。じゃあ今日は一緒に昼食を取ろうか」
パトリックはそう答えて、扇子で打たれた痕の消えた私の頬を撫でた。