07
「…シア」
目を覚ますと、不安そうなテオドーロの顔が見えた。
「ごめんね…熱があるのに殿下と言い合いなんかしたから」
ひんやりしたものが顔に触れる。
「こんなに汗をかいて…本当にごめん」
濡らしたタオルで私の顔を拭きながらテオドーロは言った。
熱…ああ、そうか。
色々とショックで…熱が上がって…
「…殿下は?」
「帰ったよ。シアの側にいたがったけど、王宮から迎えが来たから」
「そう…」
私は息を吐いた。
「殿下の事が気になるの?」
テオドーロの声が低くなった。
気になるといえばなるけれど…
「テオは…知っていたの?私と殿下の…関係を」
殿下へのテオドーロの言い方は、知っているようだった。
「この間、シアと結婚したいと言った時に父上に聞かされた。どうしてシアの婚約が王命で決まったのかを」
汗を拭く手を止めてテオドーロは答えた。
「僕がこの家に養子に来た時、シアはいつも悲しそうな顔をしていた。嫌いな相手と婚約させられたからだと思っていたんだけど…そうじゃなかったんだね」
「…そうなのね…」
私は…本当に殿下の事を好きだったのだろうか。
心の中を覗いても、その答えは見つからない。
確かに殿下といる時に時折苦しさのようなものは感じたけれど。
それが恋心と呼べるかといえば…また別のもののようにも思う。
———本当に…
「どうして…」
「シア?」
「どうして…私は忘れてしまったのかしら」
記憶を。
殿下への気持ちを。
「…記憶が戻ったら、シアは殿下を好きになるの?」
テオドーロが頬を撫でた。
「…そんなの…分からないわ…」
殿下を…好きになる?
そうしたら…パトリックが好きなこの気持ちはどうなるのだろう。
もしも消えてしまったら…それは、嫌だ。
「———失敗したかな」
テオドーロは呟いた。
「え?」
「記憶をなくしたシアがあいつを好きになる前に、僕を好きになるようにすればよかった」
「…それ…は…」
どうなのだろう。
けれど…いずれにしても、もう時間は戻せない。
今の私のこの気持ちを…〝彼〟への想いを、失いたくない。
「シア。僕じゃだめ?」
テオドーロは私の手を握りしめた。
「僕はね、いらない子だったんだ」
「え…?」
「僕の家は同じ伯爵でもこのベルティーニ家よりはずっと小さくて。その小さな家の三男なんて、いなくてもいい存在なんだ」
「…そんな…いなくてもいい存在なんて、いないわ」
「初めてシアに会った時も、そう言ってくれたんだよ」
どこか懐かしむような眼差しでテオロードは私を見た。
「僕の手を握って〝私にとっては大切な従弟よ〟って、そう言ってくれた時から———僕にとってもシアは大切で、特別な存在なんだ」
「…そう…だったの…」
そんな事があったなんて。
「この家に養子に入った時はシアと家族になれて嬉しかったけど。だんだん悔しくなっていったんだ。どうして僕はこんなにシアの事が好きなのに、シアは嫌いな相手と結婚しないとならないんだって」
「テオ…」
「殿下と引き離すのが目的ならば、結婚するのは僕だっていいはずだよ」
私の手を握る手に力がこもる。
「ねえシア。僕を選んでよ。僕にはシアだけなんだ」
縋るような眼差しに、私は何も応える事が出来なかった。