06
「こい…びと…」
「そう、私達は将来を誓い合っていた。だけど同じ家から二代続けて妃は出せないとかいうくだらない理由で認めてもらえず、別の婚約者を作らされたんだ」
一瞬苦しげに眉をひそめると、すぐに殿下は笑顔を作った。
「それで私と君は約束したんだ。兄上の代になれば私も臣下へ降格して王族ではなくなる。そうすれば私達の関係に誰も文句を言わせない。だからそれまで決して婚約者も、他の誰も好きにならないとね」
「…それが…誓い…?」
「そうだよ、だから君はあの婚約者と親しくしてはいけないんだ」
サファイアブルーの瞳が私を見つめる。
…それが…私がパトリックを嫌っていた理由…?
「シア。私の唯一の存在」
愛おしそうに、殿下の手が私の髪を撫でる。
「一度でも君を手放したのが間違いだった。他の男の婚約者になどさせてしまったから…君に傷が付いてしまった。私が君を守らなければならないのに」
「殿下…」
「どうしてレオって呼んでくれないの?」
…怖い…
殿下の声も、表情も…とても優しいけれど。
その瞳は———夜会の時のマルゲリットを刺そうとした時に似た光を宿している。
強い意志と———拒否する事を許さない威圧感を秘めた。
「レオ…」
私がそう口にすると、殿下は嬉しそうに目を細めた。
「ねえシア。二人でこの国を出ようか」
「…え?」
「兄上が即位するまで待てないよ。それに一度でも君が他の男のものになるなんて、耐えられないんだ」
国を…出るって…駆け落ち?!
それはパトリックのルートなんじゃないの?!
「殿…レオ。それは駄目です…」
「どうして?誰にも邪魔されないでずっと二人でいられるんだよ」
「そんな事…出来る訳ありません。それに…皆に迷惑が…」
「その皆のせいで私達は引き裂かれたんだよ」
「だからって…国を出るなんてそんな事…無理です…」
「…そうだね、シアには辛いかな。———じゃあ」
殿下が私へとのしかかってきた。
ソファへと仰向けに押し倒されてしまう。
すぐ目の前…互いの鼻が付きそうなくらいの距離に、殿下の顔。
待って…これは…まずいのでは…
「シア」
殿下の息が唇にかかる。
「既成事実、って知ってる?」
え…?
「私達が〝そういう〟関係になってしまえば、さすがに婚約は破棄されるよね」
殿下の手が私の頬から首筋へと滑り落ちる。
サファイアブルーの瞳は…本気の眼差しで…
「や…駄目…」
「どうして駄目なの。恋人なんだから」
「ちがう…」
「違う?何が?」
眼差しが険しくなる。
「…まさかシア…君はあの男を…」
「何をしているんですか」
冷たい声が響いた。
部屋の入口にテオドーロが立っていた。
その目は真っ直ぐに殿下を見つめている。
「テオ…」
「シアから離れて下さい」
大股で歩みよると、テオドーロは殿下の肩に手をかけその身体を私から引き離した。
「邪魔をするのか」
「邪魔ではありません、シアを守るんです」
テオドーロは私を背にするように殿下と向き合った。
「シアはもう殿下のものではありません」
「君のものでもないよね」
くすりと殿下は笑った。
「君のシアを見る目は変わらないよね。子供の頃から、そしてシアの弟になってからも。シアを好きになる気持ちは良く分かるけれど、いい加減叶わない恋を諦めたらどうかな」
「その言葉、そっくりお返ししますよ」
———頭がぐるぐるしてきた。
目の前のテオドーロと殿下…二人の間の緊迫した空気にあてられてしまったのか、先刻の殿下の告白が衝撃だったのか———熱も上がってきたようだ。
私と殿下が恋人同士?
そんな事…覚えていないのに、突然言われても。
私がパトリックを嫌っていたのは、殿下との誓いを守るため?
知らない。私はそんな事知らないのに。
私は…私が好きなのは…
「はっ…」
目眩と息苦しさを覚えて息を吐くと、テオドーロが振り返る気配を感じた。
「シア?」
「シア…大丈夫か」
心配そうな殿下の声。
誰かの手が顔に触れる。
「熱が…っ」
「シア!」
激しい目眩に飲まれるように私は意識を手放した。