04
果物を中心に軽いものにしてもらった昼食後、身支度を整えさせられた。
病気の身とはいえ、爵位が上の相手と会うのだからそれなりに整えないと失礼らしい。
着替えを終えてベッドに座り、髪を梳いてもらっているとテオドーロが入ってきた。
「姉上、気分はどう?」
「大丈夫です」
「本当に?」
すぐ側まで来ると、私の顔を覗き込んできた。
「顔色悪くない?あいつに会うのやめたら?」
あいつ?
言い方に少し引っかかる。
「…少しお会いするだけなのでしょう?」
「無理に会わなくていいよ、まだ熱だってあるんだし」
「でも…もうこちらに向かっているのですよね」
「帰ってもらえばいいよ」
「そんな、悪いです…」
「でも仲の悪い相手と無理に会って余計具合が悪くなったらどうするの」
真顔でテオドーロはそう言った。
「え…仲の悪い…?」
「そうだよ、姉上とあいつは会っても会話もないし、視線すら合わせないんだ」
「…どう…して…?」
婚約者と私は…仲が悪いの?
だって…家のためとはいえ将来結婚する相手なのに?
「さあ、知らない」
テオドーロの瞳に嫌悪の色が浮かんだ。
「だけどあんな愛想のない、姉上を大事にしない奴の事なんか気にかけなくていいよ」
「…ずいぶんな言いようだな、未来の義兄に向かって」
ふいに声が聞こえて———開かれたままの扉を見た。
青年が立っていた。
前髪を長く伸ばした栗毛の間から覗く、鋭い光を宿した緑色の瞳が…私をじっと見つめている。
この人が私の……あれ?
見覚えが、ある…?
前にもこの顔を見た事があるような———でもあれはもっと小さい画面の中で…
画面?
私を見つめる瞳がふと和らいだ。
ふいに優しくなったその眼差しにドクン、と鼓動が大きくなる。
パトリックはベッドサイドへと近づいてきた。
「身体は大丈夫なのか」
「…は、はい。大丈夫です」
弟のテオドーロも背が高いと思ったけれど、彼はそれよりも高い。
見上げてそう答えて、私は頭を下げた。
「お見舞い、ありがとうございます」
お礼を言うと、かすかに息を呑むような音が聞こえた。
「———本当に、記憶がないのか」
しばらくの沈黙の後、パトリックは言った。
「はい…すみません…」
目を伏せたまま答える。
「……謝る事ではない」
人が動く気配を感じた。
膝の上に乗せていた手の上に彼の手が乗せられ———ぐ、と力が込められた。
「まだ熱が高いようだな」
すぐ耳元で声が聞こえる。
え…?!
手を握られている事を意識した途端、更に熱が上がった気がした。
「何をしているんですか」
冷え切った弟の声が聞こえた。
「姉に触れないで下さい」
「婚約者なのだから手を握るくらいするだろう」
「これまで指一本触れようとしなかった人がよく言いますね」
…二人の間に見えない火花が散っている…ような。
私と婚約者は仲が悪いと言っていたけれど…この二人も仲が悪いのだろうか。
ところで…この手はいつまで…。
離れようとしない大きな手の温度に、ますます体温が上がっていくのを感じる。
「アレクシア?…ずいぶんと顔が赤いな」
ふいに顔を覗き込まれ…すぐ目の前に緑の瞳が現れる。
「熱が上がったのか」
吸い込まれそうな瞳を見つめていると、頭がぼうっとしてくるようだった。
「姉はまだ座るのがやっとなんです。その辺にしてくれませんか」
テオドーロがパトリックの肩をつかんだ。
「…そうか。では今日は帰ろう」
その瞳に…名残惜しそうな色を感じるのは気のせいだろうか。
「あ、あの…パトリック様」
手を離そうとした彼の名を呼ぶと、瞳が大きく見開かれた。
「…来てくださって…ありがとうございました」
彼を見上げて私はお礼を言った。
「———また様子を見に来る」
一瞬私の手を強く握りしめ、そう言うとパトリックは部屋を出て行った。