01
『———。王子ルートやってる?』
『まだ。もう一度パトリックを攻略してるの』
『えー何で?パトリック気に入ったの?』
『ん…駆け落ち以外のルートないのかなあと思って』
『友情エンドとか』
『そういうのになっちゃうのかな』
『だってどうしても婚約者と別れられないんでしょ』
『…ねえ、何でパトリックの婚約者ってゲームに出てこないの?仲が悪いにしても、それだけ切れない存在だったら出てきてもおかしくないのに』
『あ、でも出てくるよパトリックの婚約者』
『ホント?どこで?』
『パトリックルートじゃなくて、隠しキャラのルートだけど』
『隠しキャラ?あのヤバイって言ってた?』
『そうそう』
『それにどうしてパトリックの婚約者が出てくるの?』
『その隠しルートっていうのがね———』
「あ…」
夢の途中で目が覚めた。
…今のは…そうだ、前世での友人との会話だ。
ゲームに…私が出ていた?
どうしてあの会話を今まで忘れていたのだろう。
私が出てきたという隠しキャラとは一体…?
夢の会話の続きは確かにあったはずなのに…思い出せない。
———すごく大事な事のような気がするのだけれど…
「っ…」
起き上がろうとすると顔に痛みが走る。
額に手を当てると、まだ熱があるようだった。
三日前の夜会でマルゲリットに扇子で叩かれ、その場で意識を失って倒れた私は熱を出した。
記憶をなくした時のように何日も寝込む事はなく、翌朝には目覚めたのだが熱は高く学園は休んでいる。
あと数日で夏期休暇に入るから…おそらく私が学園に行けるのは休暇明けになるだろう。
どのみち熱が下がっても、顔に痣が残っている間は家族が私を外に出してくれそうにもない。
あの時、確かに記憶を取り戻したと思った。
けれど…目が覚めると再び忘れてしまったようだった。
殿下の事をレオと呼んだ事は覚えている。
———昔はそう呼んでいた気がする。
だけど殿下とどう過ごしていたか…何があったのか、それは思い出せなかった。
「シア」
テオドーロが顔を覗かせた。
「起きてたの」
「今目を覚ました所よ。学園に行くの?」
「ああ」
テオドーロはベッドの縁に腰を下ろすと私の額に手を当てた。
「まだ高いね」
「でも昨日より気分はいいわ」
「…ごめん、僕が離れたから…」
「もう。何度も言わないの」
事あるごとにテオドーロは夜会の時の事を謝罪する。
あの時私が一人にならなければ…確かにマルゲリットに手を出される事はなかっただろう。
けれど。
「あの時じゃなくてもいつかはマルゲリット様は私の所に来たわ。…大勢の目の前で良かったのよ」
もしもあれが人目につかない場所で起きていたら…公爵令嬢が伯爵令嬢に手を上げた事など、うやむやにされていたかもしれない。
マルゲリットがどうなるのかは、まだ決まっていないらしい。
私はしばらく停学でいいと思うのだけれど、パトリックや殿下が激怒しているのだ。
彼女はまだ王宮の牢に入れられたままだ。
「だけどシアは怪我をしてしまった」
「…仕方がないわ」
「僕が…あの時シアを一人にしなければ…」
テオドーロは私の頬に手を触れた。
痛みの残るそこは、内出血で青黒くなっている。
「…しばらくすれば消えるから」
お医者様も跡は残らないと言っていた。
多分夏期休暇明けには消えているだろう。
「だけど…」
「本当に、もう大丈夫だから」
テオドーロの目を見て私は笑みを浮かべた。
「早く学園に行かないと。もう時間じゃないの?」
「…それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。…そうだテオ」
「何?」
「レベッカに、会いに来てって伝えてくれる?」
彼女には色々と聞きたい事がある。
「分かった」
テオドーロは私の頬に軽くキスを落とすと部屋を出て行った。