13
頭全体に響くような痛み。
強烈な目眩を覚えて———身体の力が抜けていく。
私は膝から崩れ落ちた。
「シア!」
「姉上!」
遠くから聞こえる…あれはパトリックとテオドーロの声…?
ゲームでマルゲリットに絡まれたヒロインは、その扇子で顔を叩かれるのだ。
画面で見た時も痛そうと思ったけど…実際、めちゃくちゃ痛い。
頭がクラクラする。
「姉上!」
テオドーロが私の肩を抱いて上体を起こした。
パトリックが駆け寄ると、私とマルゲリットの間に立った。
「マルゲリット…何をしている」
初めて聞く、怒気を含んだパトリックの低い声。
「パトリック様こそ、何をしているんですの。そんな小娘に騙されて」
「騙されて?」
「記憶をなくしたとか言ってパトリック様に泣きついたのでしょう。パトリック様の優しさにつけ込んで。本当に見苦しい小娘ですわ」
「マルゲリット…何を言っているんだ」
困惑するようなパトリックの声。
「シアはそんな事はしていない」
「パトリック様もお嫌いな相手に優しくなどしなくてもよろしいのに」
「———俺はシアの事を嫌った事など、一度もない」
バチン、と扇子の音が響いた。
「本当は…私がパトリック様の婚約者になるはずだったのに」
マルゲリットは声を震わせた。
ああ、ゲームでもそうだった。
幼い時からパトリックを想い続けてきたのに婚約者になれず、さらに突然現れた身分がずっと下のヒロインに心を奪われて。
…可哀想だとは思う。
だけど…だからといって暴力を振るわれる筋合いはない。
「なぜシアを叩いた」
「その小娘が見苦しいからよ。目障りだわ」
「マルゲリット…君は…」
「殿下!お止め下さい!」
その時リアムの叫び声が会場内に響いた。
殿下が立っていた。
その目は…据わっているというのだろうか、表情を消してただマルゲリットを見つめている。
怖い、とても怖い。
殿下のあんな顔を初めて見た。
でも顔よりも怖いのは、殿下の手に握られた、銀色に光る———
何で剣を持っているの?!
さっきはそんなの下げていなかったよね!
しかも刃がむき出しになっていて…
「何故シアを傷つけた」
これまでに聞いた、誰のどんな声よりも冷え切った声が響いた。
「私の大事なシアを」
ギラリ、と剣の刃が光る。
マルゲリットが喉の奥で悲鳴を上げた。
「殿下!」
慌てた表情のリアムが叫ぶ。
「いけません!」
「この女はシアの顔を傷つけたんだ。罰として顔を切り刻まないとな」
そこにあるのは怒りと———明らかな殺意。
周囲を取り巻いていた生徒達の中から悲鳴が上がる。
殿下に殺意を向けられたマルゲリットは硬直して動けない。
そのマルゲリットに向かって、一歩足を進める殿下。
「殿下!」
リアムの声も、殿下には届いていないようだった。
まずい、このままでは…
「殿下!」
呼んでも殿下は足を止めてくれない。
どうしよう…もっと大きな声で…違う…
「…レオ!」
咄嗟に私はそう叫んでいた。
殿下が私を見た。
「シア…ああ、可哀想に」
殿下は向きを変えると私の側へと膝をついた。
床に剣が落ちる。
「こんなに赤くなって…」
殿下の手が私の頬に触れた。
「護衛兵!この女を連れていけ!」
すかさず剣を拾い上げたリアムの声に数人の男性が駆け寄るとマルゲリットの腕を掴んだ。
「バルニエ公爵に引き渡して…」
「それは駄目だ。王宮の牢に入れておけ」
リアムを見上げて冷たい声でそう言うと、殿下は再び私を見た。
「シア…痛むだろう」
「…大丈夫よ…」
本当はとても痛いけれど。
それを言ったらマルゲリットが切り刻まれてしまう。
「レオ…私のためにそんなに怒らないで」
私は頑張って笑顔を作った。
そうだ、彼はいつも私を一番に思ってくれていた。
いつも…そう、私達はいつも一緒だった。
私は彼を———
「シア!」
くらりと目の前のレオポルドの顔が歪むと視界が真っ暗になった。
第三章 おわり
攻略対象に攻略される女子二人。
ちなみにレベッカの前世はいわゆるオタク女子。
アレクシアはスマホゲームはやるけれどオタクというほどではないです。