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「会長」
誰かがパトリックに声を掛けてきた。
「そろそろ挨拶の時間です」
「ああ。二人とも、悪いが俺が挨拶を終えて戻るまでアレクシアと一緒にいてくれないか」
パトリックはリアムとレベッカを見た。
「はい」
「わかりました」
「すぐ戻るからね、シア」
そう言って私の頭を撫でながら、髪に挿していた花を一輪抜き取るとパトリックはそれを自分の胸元へと差した。
———花に軽く口付けながら。
「うわー色男」
壇上へ向かうパトリックを見送りながら、棒読みでレベッカが呟いた。
「ああいう仕草がすぐ出来るってさすが攻…生徒会長ね」
さすが攻略対象と言いそうになったけれど隣にリアムがいるのを思い出したのだろう、レベッカは慌てて言い換えた。
「甘々な婚約者でいいわね」
「…そう…かしら」
顔が赤くなるのを感じながら私は答えた。
…本当に、ああいう事をサラッと出来るのって…
「———君はああいう事をする男が好きなのか」
ふいのリアムの言葉に驚いて見ると、リアムはじっとレベッカを見つめていた。
その顔には不快な表情が浮かんでいる。
…これはまさか、嫉妬?!
「いえ…そういう訳では…」
レベッカは慌てて首を振った。
「…では、君はどういう男が好きなのだ?」
わあ、あのリアムがこんなに直球でくるなんて!
これは…相当レベッカの事が…
「え?ええと…」
「やあ、アレクシアもいたんだね」
レベッカが言い淀んでいると、よく知った声が聞こえた。
「殿下」
「リアム、君とても目立っているよ」
婚約者のブリジットを連れて殿下が笑顔で立っていた。
「殿下の命令に従っただけです」
「命令とは酷いな、私は提案しただけだよ。それに命令なんて言ったらステファーニ嬢に失礼だろう」
リアムははっとしてレベッカを見た。
「あ、いや…その」
「…いえ、大丈夫です」
あからさまに動揺を見せたリアムに、レベッカはそう言って微笑んだ。
再びリアムの耳が赤くなる。
「あのリアムにここまで感情を出させるとは、ステファーニ嬢はすごいな」
笑顔で殿下はそう言って私を見た。
「ところでアレクシア。いつも君にダンスの相手を頼んでいるのだけど、今回もお願いしていいかな」
「ダンス…ですか」
「学園のパーティーでは最低二人と踊らないとならないからね」
殿下は背後のブリジットをちらと見た。
無言で目を伏せていたブリジットが、わずかに目線を上げて私を見た。
その瞳には明らかに不快な表情が浮かんでいる。
———本当は自分以外の人と殿下を踊らせたくないのだろうけれど…二人以上と決められている以上、ブリジット以外にも踊らなければならない。
だから殿下の従妹であり婚約者のいる私ならば仕方なく、といったところなのだろう。
だけど…
「あの、殿下…。私は…記憶と共にダンスも忘れてしまいまして」
恥ずかしさで私は俯いた。
ダンスが踊れない事は貴族として不名誉な事らしい。
「練習したのですが…今日も何度もテオドーロの足を踏んでしまいまして…とても殿下のお相手は…」
「そんな事は気にしなくていいよ。そういう相手を上手くリードするのも勉強の一つだから」
「ですが…」
殿下と踊ったら私の下手なダンスが目立ってしまう。
それにもしも大勢の前で殿下の足を踏んだら…
「アレクシア」
殿下は私に近寄ると耳元へその口を寄せた。
「踊ってくれないと、君にネックレスをあげた事をブリジットにバラすよ。…まだ彼女にはアクセサリーを贈った事がないんだよね」
その言葉に私は固まった。
そんな事知られたら…待っているのは階段落ち……
「ね、アレクシア。私と踊ってくれるね」
身体を離すと王子様スマイル全開で殿下は言った。
「…分かりました…」
こ、これが腹黒王子の本性なのか!
私は泣く泣く頷いた。