09
会場は既に活気に満ちていた。
ドレスアップした生徒達があちこちで談笑している。
———本物の舞踏会だ。
前世で見た、映画の世界が目の前に広がっている。
いつもよりも華やかな雰囲気に心がうきうきしてきた。
「何か飲む?」
「はい」
頷くと、パトリックは近くを通りかかった給仕係に声を掛け、グラスを二つ受け取ると一つを私に手渡した。
…さすが公爵子息、仕草が手馴れている。
この国では成人は十六歳だけれど、社交界に出るのは学園を卒業してから。
だから学生の間は公の場に出る事はないけれど、パトリックのように特に身分が高い者は王宮の行事などに出る事もあるという。
だからこういった場も慣れているのだろう。
私達は壁際へと移動すると、よく冷えた果実水で喉を潤した。
ちなみにテオドーロは、会場に入るなり待ち構えていたクラスの女子達に拉致されていった。
頑張ってくれ、弟よ。
ふいに会場内にどよめきが広がった。
「何だ?」
パトリックが不審そうに周囲を見渡すと、入り口へと視線を止めた。
「シア。あれは君の友人じゃないか?」
「え?」
パトリックの示した先に、相変わらず無表情のリアムにエスコートされたレベッカがいた。
薄紅色のドレスにパールのネックレスとイヤリングを付けたその姿は、まるで薔薇の花のように可憐で綺麗だ。
「リコッティ様がエスコートしてる…」
「あの女嫌いのリアム様が…」
「あれは一年生の子?」
会場のどよめきはどんどん大きくなっていく。
一斉に注目を集めて…レベッカはとても居心地が悪そうだ。
「あの二人はどういう関係?」
パトリックが尋ねた。
「ええと…何でもリアム様はレベッカが気になっているそうで…」
「へえ。あの女嫌いのリアム・リコッティがね」
パトリックは感心したように言った。
「このままでは結婚できないんじゃないかと、父親の宰相が大層心配していたけど」
ゲームのリアムは母親が浮気をして家を出て行ってしまい、以来女性不信に陥っていた。
父の宰相は再婚する事もなく、子供はリアム一人だったから…跡取り息子の将来についてさぞ心配なのだろう。
貴族なのだから義務として強制的に結婚させる事も出来るが、女嫌いの原因が両親にある以上、父親として強要しづらいのだろう。
「しかし、会場中の注目を浴びているな」
「はい…レベッカ大丈夫かしら」
まるでスポットライトを浴びた舞台の主人公のように、遠巻きにされ生徒達の好奇の視線を浴びてレベッカは俯いたままだ。
「助けに行くか?」
「え?」
差し出された手を取ると、パトリックはレベッカ達の元へと歩いていった。
「リコッティ。ステファーニ嬢」
「生徒会長」
「…アレクシア」
私達の姿を見ると、レベッカはほっとした顔を見せた。
「君達は今日の主役だな」
「そうですか?」
相変わらず無表情のまま、リアムは眉だけをわずかに上げた。
「注目されるのは本意ではありません」
「仕方ないな、君が女性を連れているなど初めてだろう」
「———殿下にいい加減エスコートくらい出来る様になれと命じられたので、仕方なくです」
パトリックから視線を逸らせてリアムは答えた。
その耳が少し赤くなっている。
これは…ゲームではとっても貴重なリアムの照れ隠し!
鉄仮面とも言われたリアムがようやく見せたその顔に、それまで数多の暴言に耐えながらゲームを続けてきた甲斐があったとスマホを握りしめながら感動したのよね。
思わずにやけそうになるのを耐えながらレベッカを見ると、同じ事を考えていたのか何かを堪えるように口元を扇子で覆っていた。