06
「アレクシアは」
レベッカ達を見送って、私を座らせると殿下は隣へと腰を下ろした。
「婚約者と上手くいっているの?」
「はい」
「…そう」
その声はどこか暗いような響きを含んでいた。
「本当に、シアは忘れてしまったんだね。———私との誓いも」
「え…?」
誓い?
そういえば…殿下が私の家に現れた時も言っていた。
「私は一日だって忘れた事がないのに」
私を見る殿下の瞳は、先刻までの優しさが消えてほの暗く光っている。
「…あの…誓いとは…」
「これを見ても思い出さない?」
殿下はポケットに手を入れると、小さな袋を取り出した。
そして私の手を取ると、その中身を手のひらに乗せた。
それはネックレスだった。
周囲にダイヤをちりばめ、青いサファイアが輝いている。
…これって…まさかゲームの…?
「これは私が昔君にあげたものだ。だけど事情があってまた私の元に戻ってきた」
「事情とは…」
「本当に思い出さない?」
目の前に殿下の瞳があった。
私を射抜くように見つめるサファイアの瞳。
———見つめられていると胸が苦しくなるような…この感覚は…
「これはもう一度シアにあげる」
殿下は私の手にネックレスを握り込ませた。
「だから思い出して。昔の事を…私との誓いの事を」
「もらってしまった…」
家に帰り、部屋で私は改めてネックレスを眺めた。
…これはゲームに出てくるネックレスなのだろうか。
でも前に一度私にくれたものだと言っていたし…それに考えたらサファイアは私の瞳の色でもある。
ゲームのネックレスとは別物の可能性も高い。
「レベッカに聞いてみないと…」
レベッカといえば…リアムとはどうだったのだろう。
二人が庭園から戻ってきた時は、殿下に言われた事で頭が一杯で様子を窺うどころではなかった。
「殿下との誓い…」
一体、何を約束したのだろう。
このネックレスと関係があるのだろうか。
記憶がなくても学園生活は送れている。
けれど…過去の出来事が思い出せないというもどかしさは、いつもつきまとっている。
記憶を思い出せれば良いのだろうけれど、その兆候は未だないし、それに…。
思い出すのも、また怖いのだ。
———記憶をなくした原因を知るのが。
お医者様の言ったように、何かが私の身に起きて…それで記憶をなくしたいと、自分が望んだとしたら?
このまま思い出さない方が幸せかもしれないと…父も言っていた。
私の過去に…何があったのだろう。
「っ…」
無意識に手の中のネックレスを握りしめてしまい、痛みに我に返った。
私が記憶をなくしたせいで、悲しむ人がいる。
私が思い出さない事を望む人もいる。
私は———
私は、どちらを望めばいいのだろう。