01
「アラン先生の好感度が上がらない…」
レベッカはそう言って深くため息をついた。
「…先生は攻略対象じゃないわよね」
「攻略対象以外の人を選んでもいいと思うの」
「年齢も離れているし」
「貴族なら十歳差くらい珍しくないわよ」
「そもそも先生と生徒って普通駄目なのでは…」
「———あの声で愛を囁いて欲しかったのに」
はあ、とレベッカは再びため息をついた。
入学して二ヶ月が経った。
レベッカとはすっかり仲良くなった。
学園生活に不安はあったが、今のところ授業にもついていかれているし、順調だ。
レベッカは前世で推しだった担任のアラン先生と親しくなろうとしていたが、中々上手く行っていないらしい。
ゲームには攻略方法があるけれど、現実にはないものね。
でも、先生とは上手く行っていないけれど…
「代わりにリアム様とはお近づきになっているわよね」
「好きでなった訳じゃないわ!」
レベッカはぐっと拳を握りしめた。
「何なの、他の二人とは全くなのに。何でリアム様だけゲームの強制力があるの?!」
それは一カ月ほど前の事だった。
レベッカは図書館でリアムと遭遇した。
それはゲームにもあり、同じ本を取ろうとして手が触れるという漫画などでよくあるシーンだ。
女嫌いのリアムは手が触れた事をとても不快がるのだが、その本が女性が読むのは珍しい政治関係の本だったため、内心感心してヒロインに興味を持ち出すという、イベント通りの事が起きたのだ。
以来、ゲームのリアムルートをなぞるようにちょくちょくイベントが起きるのだという。
ちなみにパトリックとレオポルド殿下とはイベントは全く起きず、二人にとってレベッカは私の友人という認識のようだ。
「どうせならこのままリアムルートに乗ってしまうとか」
「ドSツンデレと?!」
「…でもゲームみたいに酷い言葉は言われていないのでしょう?」
「それは、そうなんだけど…」
ゲームでの、ヒロインに向けられるリアムの言葉は最初かなりキツくて、心が折れるプレーヤーが多かったのだが、現実のリアムは態度こそ悪いけれど言葉はそうでもないそうだ。
「リアム様は未来の宰相だし、玉の輿に乗れるわよ」
「別に乗りたくはないんだけど…」
「やあアレクシア」
ふいに殿下の声が聞こえた。
「食堂に姿が見えないと思ったらこんな所にいたんだ」
振り向くと笑顔の殿下と無表情のリアムが立っていた。
ここは裏庭で、私達はお昼を食べていた。
今日はレベッカがお弁当を作ってきてくれた。
前世で食べていたものの話をした時に、サンドウィッチなら時々作るというのでお願いしたのだ。
普通貴族は自分で料理をしない。
けれどレベッカの家は少し変わっていて、母親の趣味が料理なのだという。
レベッカも私同様入学してから前世を思い出したのだが、母親の影響で小さい時から台所に入っていたのだという。
思い出してからは前世でも作っていたものを作るようになったそうだ。
「これは…見た事がない料理だね?」
殿下が私達の間にあるサンドウィッチを覗き込んできた。
「…そうやって手で食べるものなのか」
眉をひそめてリアムも言う。
直接手で食べたりなんて、王侯貴族はしないものね。
「これは…サンドウィッチと言って、パンに色々なものを挟んで食べるものです」
レベッカが作ってきてくれたのは、ハムやレタスを挟んだものや細かく刻んだキュウリサンド、それからこの世界には存在しないという、卵焼きを挟んだものもある。
どれも食べやすいように一口サイズにカットされて綺麗に並べられた、見た目も美味しそうなサンドウィッチを見つめる殿下の目は期待に満ちていて…これは…やはり。
私はレベッカと目を合わせて確認すると、殿下を見上げた。
「よろしかったら…食べてみますか?」
「いいの?」
「殿下、それは…」
「いいではないか、アレクシアも食べているのだし」
制しようとしたリアムを振り返って殿下は言った。
「ですが」
こんな手づかみで食べるようなものを王子様に食べさせたくない気持ちは分かるし、お目付け役としては当然反対するだろう。
だが殿下の方はそれを気にする様子はない。
「あの…よろしかったらリアム様もどうぞ。これ、レベッカの手作りなんです」
リアムの眉がピクリと動いた。
「そうだなリアム、お前も食べてみろ。未知のものに挑戦する経験も大事だ」
「…殿下がそうおっしゃるのなら」
隣のベンチへ座った二人に、サンドウィッチの入った箱を差し出す。
殿下はキュウリを、リアムはハムとレタスを手に取った。
「へえ、これは酸味が効いていて美味いな」
躊躇いもなく口に放り込んで食べると殿下は笑顔でそう言った。
リアムは相変わらず無表情だ。
「…ありがとうございます」
レベッカはほっとしたような顔を見せた。
王子に自作の料理を食べてもらうなど、さすがに緊張するだろう。
「他のものも食べていいか」
「はい…どうぞ」
返事を聞くより早く殿下は他のサンドウィッチへと手を伸ばす。
「どれも美味いな、リアム」
「…はい」
殿下同様、全ての種類を食べたリアムも頷いた。
「頭が良いだけではなくて料理も作れるとは。ステファーニ嬢は多くの才能を持つのだな」
「…恐れ多いお言葉、ありがとうございます」
…何かこれ、ゲームのイベントみたいだな。
ふとそんな事を思った。
そう、考えたら料理人以外の料理を殿下が簡単に口にするなんてそんな事…
「アレクシア」
ふいに殿下の手が私へと伸びてきた。
そして私の口元に触れ———
「ついている」
私の口元に付いていた何かを指先で取ると殿下は自分の口へと入れた。
「食べやすい大きさに切られていたとはいえ、アレクシアの小さな口には大きかったか」
……ええっ?!
一気に顔が赤くなるのを感じる。
そんな私を見て殿下は微笑むと立ちあがった。
「君たちの食事を食べてしまって申し訳なかったな」
「いいえ…」
「戻るぞリアム」
「は」
「今日のお礼に今度君達に何か贈ろう」
そう言って、殿下達は立ち去っていった。