07
「アレクシア様も転生者という事でいいんですよね」
昼食を終えて私達が来たのは裏庭、ゲームでよくイベントが起きる場所だ。
ベンチの一つに並んで腰を下ろす。
「はい…あのレベッカさんも…」
「———まさかゲームの世界に転生なんて、自分の身に起きるとは思いもしませんでした」
ふうー、とレベッカは長い溜息をついた。
「しかも他のゲームならまだしも、よりによってこのゲームだなんて」
「え?」
「だって。このゲーム、まともな攻略対象いないじゃないですか!」
きっとレベッカはこちらを向いた。
「リアム様は女嫌いのドSだし、王子はこじらせ腹黒だし。パトリック様は…まあ性格は他の二人に比べればまともだけどやっぱりこじらせてるし、何よりハッピーエンドが駆け落ちとか意味分からないし!」
…そう、乙女ゲームのハッピーエンドといえば普通は結ばれて幸せになりました、と終わるのだけれど。
パトリックルートは婚約者と不仲のせいで卑屈になっていた彼の心を解放するのだが、それでも国の決めた婚約は覆せないと、国外へ駆け落ちするのだ。
最後のスチルは船の上で幸せそうに見つめ合う二人だった…けれど。
「この身分制度の厳しい世界で家出した十代の貴族の男女が幸せになんかなれる訳ないじゃないですか」
「それは…確かに…」
「愛があれば大丈夫なんて言ってられるのは若い内だけですよ。絶対苦労しますから」
…レベッカさんはなかなか辛辣だ。
この世界の事はよく分からないけれど、確かにゲームでも貴族と平民とでは服装から何からかなり差があったように思う。
「アレクシア様はそのパトリック様の婚約者なんですよね。ゲームと違って仲が良さそうでしたけど」
「あ…それは…。記憶をなくす前は確かに仲が悪いというか、私が一方的に嫌っていたみたいですけど…私はそれを覚えていなくて」
「一方的に?何で嫌いなんですか?」
「さあ…家族や本人にも聞いてみたんですけど、誰も知らなくて…」
「訳も分からず嫌われていたんですか。それは確かに卑屈にもなりますね」
「う…」
確かに…あのゲームでのパトリックの性格は、私のせいだったのか…
「でも今は嫌いではないし仲も良いと」
「ええ」
「それは良かったです、強制力とかなさそうで」
「強制力?」
耳慣れない言葉に私は首を傾げた。
「こういうゲームに転生した小説であるんです、望まないのに強制的にゲームと同じ展開になるというのが。でもここはそういうのがなさそうなので良かったです、無理やり攻略させられたらどうしようと思ってたんです」
「…レベッカさんは、ヒロインなのに誰も攻略しないの?」
「だから三人とも嫌なんですってば」
確かに…リアムは、母親の浮気が原因で女性不信になって。
ヒロインに投げかける言葉も厳しくて、好感度が上がってきてからも超がつくほどのツンデレで…デレがないツンデレだと言われていたっけ。
でも王子は…
「…私、レオポルド殿下のルートは出来なかったんですけど、そんなにこじらせて腹黒なんですか?」
とても優しそうに見えたけど…
「王子は初恋の相手が忘れられなくて、何かあるとすぐその人と比較されるんですよね。ちょっとでも選択を間違えるとすぐ好感度が下がるし。態度は優しいけど絶対に心を開こうとしなくて」
「そうなんですか…」
初恋の人か…それは確かにやっかいそう。
「あとあの婚約者!あの人がやばい!」
「婚約者…ブリジット様?」
「嫉妬して人を階段から突き落とすような人なのよ?王子ルートは命に関わるの!」
「…それは…確かに嫌かも…」
階段から突き落とされたりしたら…下手したら死んじゃうよね。
「それに、実は攻略対象以外に狙っている人がいるんです」
うふふ、とレベッカは口角を上げた。
「え、誰ですか?」
「担任のアラン・コルベール先生」
「…サポートキャラの?」
担任のアラン先生は、ゲームの進行に迷った時に攻略のヒントをくれるキャラだ。
「大好きな声優さんがアラン先生の声を担当していたんですよね。ゲームと声が同じだし、顔はゲームより実物の方がかっこいいし」
「へえ…そうなんですね」
声か。あまり意識した事はなかったな。
「だからアレクシア様はパトリック様をしっかり捕まえていて下さいね」
満面の笑みでレベッカは言った。