04
「ああもう、本当あいつムカつく」
先刻のパトリックの言動の事だろう。
馬車の中でテオドーロが怒りながらブツブツ言っているのを聞き流しながら、私は思い出していた。
———またイベントを潰してしまったかもしれない。
入学式の日、帰りの馬車へと向かう途中でヒロインはパトリックと会う。
そして入学式での挨拶が立派だったと褒められるのだ。
それがパトリックとの出会いのイベントなのだけれど…パトリックはずっと私の側にいてヒロインはさっさと帰ってしまった。
どうしよう…
いや、パトリックを選ばれても困るのだけれど。
ここがゲームの世界だとしたら…イベントが起きなかったら?
ゲームはどうなるの?
「姉上」
頭の中をぐるぐるさせていたら、いつの間にか隣に移動していたテオドーロが私の手を握りしめてきた。
「…テオ?」
「何で…あいつと仲良くするんだよ」
どこか仄暗い…青い瞳。
「何でって…だって婚約者だもの」
「何で…」
握る手に力がこもる。
「…何で記憶がなくなるんだよ———」
「テオ…」
どうして…私は記憶をなくしたのだろう。
ここがゲームの世界ならば、私はモブとして…おそらくパトリックとは婚約者でありながらろくに関わる事なく、そして留年もする事なく学園生活を過ごしていただろうに。
本当に、どうして…?
「姉上…シア」
手を引かれ、そのままテオドーロの胸へと抱き寄せられてしまう。
「ちょっ…とテオ」
「あいつを好きにならないで」
抵抗しようとした私を強く抱きすくめてテオドーロは言った。
「…ならないでって…」
「あいつも誰も、好きにならないでよシア」
耳元で響く苦しそうな声が、いつまでも耳に残った。
『———、腹黒王子攻略したよ!』
『ええすごーい』
『もうホント難しかった』
『そんなに?』
『だって全然心開いてくれないし。もー、何で私こんなキャラに好かれようとしてるんだか途中で分からなくなってきて』
『あはは』
『笑い事じゃないんだけど。そういう———は攻略してるの?』
『まだ。今別のゲームに手を出してる』
『早くやってよ。この辛さを———にも分かって欲しいよ』
『そうだね、こっちが終わったらね』
『あと知ってる?このゲーム隠れキャラがいるんだって』
『え、ホント?!』
『それがまたなかなかヤバいらしくて…』
前世の夢を見た。
一晩経って、色々と思い出してきた。
私はかつて日本の高校生だった。
家族は両親と弟が一人で、ごく普通の家庭に生まれ育った。
どうやら私は…死んだらしい。
最後の記憶はこちらに迫ってくるトラックのライト。
———いわゆる死んで異世界転生?
そんな漫画を読んだ事があるけれど。
まさか自分にそんな事が起きるなんて…。
友人と二人、乙女ゲームにハマっていた。
その内の一つがこの世界だ。
リアムとパトリックを攻略して、一番難しいと言われていたレオポルド王子を攻略する前だった。
そのゲームの世界に、どうしてモブキャラとして私は存在しているのだろう。