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「…シア!」

バタンと扉が開くと共に飛び込んでいた、私を愛称で呼ぶ聞き慣れない声。


やや息を切らしながら、一人の青年が立っていた。

艶やかな黒髪に、私やテオドーロと同じ色の青い瞳。


誰…って、あれ?

見覚えが…ある?


この既視感は…パトリックに初めて会った時と、同じ?

そうだ…小さい〝画面〟の中で見た事がある…



「シア」

青年は私の側へ来ると膝をつき、目線を合わせてきた。

観察するように私をじっと見つめる。


「良かった、顔色は良いようだね」

「…はい…あの…」

熱心に見つめられて恥ずかしくなってくる。

「あなたは…」


「———本当に忘れてしまったの?私の事を?」

青年は悲しげな表情を浮かべた。

「は、い…ごめんなさい…」

見覚えはあるのだけれど。

気品のある、端正な顔立ちの、まるで王子様のような…


王子様?

今…何か…




「殿下!」

慌てた様子の父が駆け込んできた。


「ここには…!」

「大事な従妹が記憶喪失になったと聞いて見舞いに来るのが悪いか」

父を見上げて、青年はわずかに眉をひそめて答えた。


「殿下…」

「レオポルドだよ」

私へ向き直ると、青年は笑顔で答えた。

ああ…この人が。



このトルレ王国の王子は二人いる。

一人は王太子で二十歳のアルフォンス・ラ・トルレ殿下。

そしてもう一人が私と同じ歳のレオポルド殿下。

二人とも私の叔母である王妃の子だ。



「君が病気になったと聞いて心配していた。見舞いに来たかったのだけど時間が取れなくてね。今日は予定が早く終わったから帰りに寄ったんだ」

「ありがとうございます」

「もう身体は大丈夫なのかい」

「はい」

「…記憶だけがないの?」


「……はい」

頷いた私に殿下の手が伸びてくると、そっと肩に乗せられた。




「じゃあ…私との〝誓い〟も忘れてしまったんだね」

顔を寄せると、私にだけ聞こえるよう、耳元で殿下はそう囁いた。


「…誓い…?」

私を見つめる瞳が寂しげな色を宿す。

———ふいに胸が締め付けられたように苦しくなった。




「アレクシアの記憶は戻らないのか」

立ち上がると殿下は父に向いた。


「何とも…。医者の見立てでは高熱によるものであろうから難しいと」

「王宮の医師には見せたのか」

「いえ…そのような恐れ多い事は…」


「アレクシアは私の大切な従妹だ、遠慮しなくていい。私から手配しておこう」

「———ありがとうございます」

「学園へは通えるのか?」

「はい。ですが記憶がないため、もう一度一年から通い直します」


「何?」

父の言葉に殿下は目を見開いた。

「進級しないのか」

「は」



「…シア」

殿下は再び私の目の前に膝をついた。

「君と一緒に学べるのを楽しみにしていたのだ…」

「…申し訳…ありません」

「ああ…いや、謝る事ではない。———君が本復した事を喜ぶべきだな」

笑顔でそう言うけれど…その瞳にはどこか暗い影が落ちているようだった。





「アレクシア」

来た時と同じように慌ただしく帰っていった殿下を見送ると、父は私に向いた。


「殿下とお会いして…その、何か思い出さなかったか」

「…いいえ」

「そうか…」

「お父様?」

何か言いたげな父の様子に首を傾げる。


「アレクシア。パトリックとは仲良くしているようだね」

ふいに父は話題を変えた。

「はい」

「彼の事は好きかい」

「好き…」

ふいに頭の中にエメラルドの瞳が浮かぶ。

私を見つめる眼差しはいつでも優しくて、あの瞳に見つめられていると…


「ええと…」

「ああ、言わなくとも分かったよ」

知らず熱くなった頬を抑えると父はそう言って笑った。

「———お前にとって、記憶をなくしたままの方が幸せなのかもしれないな」


「え…?」

それは、どういう意味…?


「お父様…?」

「…私はお前が幸せになる事を願っているよ」

大きな手で頭を撫でながら父はそれ以上は教えてくれなかった。




第一章 おわり


次回から学園に行きます

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