01
窓越しに聞こえる鳥の声に呼ばれるように、ゆっくりと意識が覚醒する。
目を開くと…見慣れてはいないけれど、昨日も見た白い天井。
その縁には豪華な彫刻が施され、淡い緑色の壁には細かな装飾が描かれている。
朝の光を反射する金の飾りをあしらい、白を基調とした家具類はどれも上品だ。
この広い部屋は私の部屋、らしい。
らしいというのは私に自身の記憶がないからだ。
三日前、この部屋で目覚めた私は記憶を失っていた。
家族や侍女———侍女などという者が私の世話をしている事にとても驚いた———が言うには、ひどい高熱を出して五日の間、意識がなかったそうだ。
その熱のせいで記憶を失ってしまったのだろうというのがお医者様の見立てだ。
意識を取り戻したけれど、まだ身体は熱を帯び、力も入らず起き上がる事ができない。
そのせいでこの三日間、ほとんどベッドの上で寝たきりで過ごしている。
世話は全て私専属だという侍女達がしてくれるのだが…どうにも恥ずかしい。
そう言うと、私はこれまで彼女達に毎日世話をされてきたのだという。
アレクシア・ベルティーニ。
それが私の名前で、ベルティーニ伯爵という貴族の娘だそうだ。
伯爵というのは貴族の身分的には中間くらいなのだが、ベルティーニ家は由緒があり領地も広く、現在の王妃は父の妹、つまり私の叔母なのだという。
そういう裕福な貴族の娘なのだから、侍女達に世話をされるのは当然なのらしいのだが…どうにも慣れなくて恥ずかしい。
…記憶がないのに〝慣れない〟などという感覚を抱くのもおかしいのだけれど。
いや…本当は、記憶はある。
けれどそれは〝アレクシア・ベルティーニ〟ではない記憶だ。
あると言ってもそちらの記憶もおぼろで、記憶を辿ろうとすると頭が熱を帯びたようにぼうっとしてくる。
けれど確かに…私はアレクシアではない別の名前を持っていて、こことは違う、もっと小さな部屋に住んでいた…はずなのだ。
私は本当にアレクシアなのだろうか。
鏡に映る、暗い金色の髪と青い瞳にも違和感がある。
私の髪も目も、もっと黒い色のはずなのに。
顔立ちだってこんなにくっきりとしていなくて———
ぼんやりと天井を眺めていると、そっと部屋の扉が開く気配がした。
視線を送ると二人の侍女が入ってきた。
「お嬢様。お目覚めになられておりましたか」
侍女はベッドの傍へと来た。
「ご気分はいかがでしょうか」
「……大丈夫、です」
「お着替えをなさいますか」
「…お願いします」
そう答えると、侍女は少し悲しそうに眉を下げた。
———どうも私の口調が侍女に対して丁寧なのはおかしいらしい。
けれど人に身体を拭いてもらったり、着替えや…口にするのも恥ずかしい事を手伝ってもらうのだから、丁寧な口調になるのは当然だと思うのだけれど。
やはり私の中にある感覚と、今の状況とはズレがあるようだ。
「お食事はどうなさいますか」
「…スープだけもらえますか」
「かしこまりました」
着替えを終え、ベッドにいくつも置かれたクッションを背中に挟みながら私の上体を起こすと、食事を取りに侍女の一人が部屋を出て行った。
昨日もだけれど、台所は遠い場所にあるらしく、侍女はしばらくは戻ってこないだろう。
———まだこの部屋からは出ていないけれど、裕福な貴族だというのだからきっと広い家なのだと思う。
「お茶をお飲みになりますか」
残った侍女がティーワゴンを運んできた。
「…お願いします」
温かな湯気の気配と、ほんのり甘味のある香り。
「いい香り…」
「お嬢様がお好きな薔薇のお茶でございます」
上品なその香りは記憶にあるようだけれど…やはりこのお茶を好んで飲んでいたようには思えなかった。
私が好きなのは…もっと苦くて…そう、黒い液体ではなかったろうか。
まだ腕の力も入りにくく、侍女の助けを借りながらお茶を一杯飲み終わった所で扉がノックされた。




