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「あれがそうですか」
「ミアリスと言うそうだ」
「なかなか気が強い」
従者の言葉に、鷹を腕に止まらせた大兄と呼ばれた若者は、ちょっと口元を上げた。
狼の子のように歯を剥きだして見上げた、紫の瞳。
うむ。根性がありそうだ。
「地の髪は、銀だ」
「それは!目立ちますね」
「目立つな」
黒髪の一族の中に、ただ一人敵国の色を持つ子。
娘たちを攫われた砂漠の民と、王子を殺された王国はその後も何度か衝突し、互いに多くの死傷者を出している。あの悪ガキの一団も、父や兄を失くした者がいるのだろう。
この私と、同じように。
ふう、と大兄はため息をつく。
「今後も苦労しそうだな」
「髪そめるの、や」
口をとがらせてミーアは文句を言う。
「チクチクいって、かゆいのよ」
口を引き結んで、叔母は梳る手を止めない。
「ひどい目に合うのは、お前なのよ」
羊毛を染める茶の染料は、匂いがきつくて地肌を痛める。
「銀色の髪を見せては、だめ」
かゆい、ちくちく、いらいらする。
ミーアは家畜の水飲み場でばしやばしゃと頭に水をかけた。
こんな髪、大嫌い。
染めても染めても、しばらくすると下から出て来る銀色。
数日ごとに、神経質に染め直す叔母。
もう、やだ。こんな髪。
「おやおや、そんな泥水を頭にかけるものではないよ」
上から聞こえた細い声に、ミーアはぎょっとして振り返る。
夕方、岩羊たちが放牧地から帰るまで、こんなはずれの溜め池には、近づく者はいないのに。
溜め池の向こう、山に続く岩場の上から、籠を背負った人が下りてきた。
小柄な叔母よりもっと小さい、痩せた年寄り。
しわだらけの顔にうかぶやわらかな笑みに、ちょっと警戒心を解く。
「ちゃんと洗って乾かして、油を塗らないと、風邪をひく」
ぽたぽた雫のたれる頭に手をのばされて、子供はさっと身を引いた。
年寄りの笑顔は揺るがない。
「ミアリスだろう?事情は知っておるよ。
何で染めたね?ワッシャの根かね?」
叔母が使った染料を一目で言い当てる。
「乱暴なことをする。あの液は濃いと肌を荒らすのだよ。
ついといで。ロマリアの精油を塗ってあげよう」
部族の大人に命令されたら、逆らわず、従え。
常々叔母に言われていた事。
ミーアは、年寄りの腰の古びた帯が、もの凄く複雑なターロ織りなのに気付いた。
織りの複雑さは、身分の差。
部族の大人の、えらい人だ。
ためらうミーアに、年よりはけらけら笑う。
「遠慮するでない。
儂は染め物と薬草にちっと詳しいだけの、ただの婆じゃよ。
ばあちゃんとお呼び。さあ、おいで」
「・・・はい、ばーちゃん」
部落に入っていくかと思ったら、婆さんは振り向いてまた山の方へ歩いて行く。
ミーアは、後を追った。