表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の織り手  作者: 葉月秋子
5/43

1-5

5


 五歳の子供の世界は狭い。


 朝、戸口の垂れ幕を開けると、小屋に隣接する囲いから、岩羊のトトがおはようの鳴き声を上げて来る。


 朝もやに霞む、そびえる山々。

「スレイマンのお山よ」と叔母が教えてくれた、高い峰。

 山々に抱かれるように囲まれた、広い盆地。

 そこが一族の住む世界。

 

 男たちは駱駝を駆って、南の隘路から広大な砂漠へと出ていくが、子供にとってそれは世界の外へ消えていくのと同じこと。

 子供にとって、いや、部族の多くの女たちにとって、世界はこの盆地の中で完結する。

 家事に追われながら、ターロを織り、嫁ぎ、子を産み、育てて手放す。

 戦士階級の男は集団で鍛えられ教育を受けるが、女は『運命の織り手』の巫女見習いにならない限り、親や知人の口伝以外に、教養を身に着ける術はないのだ。


 五歳になったミーアの日課は、早朝に大事なトトを放牧の囲いにつれていくこと。

 金持ちはたくさんの羊持ちだが、幼いミーアの乳母でもあった岩羊トトは、ただ一匹の叔母の大事な財産だ。


 岩羊の毛を刈って、洗って、染めて、紡いで、糸にする。

 アルカリ液をかけて圧縮し、丈夫なフェルト布をつくる。

 それは大事な女たちの仕事。


 各家の財産である岩羊は、毎朝集められ、牧夫に牧草地に連れて行かれ、夕方戻って来る。

 百頭近い岩羊の群れは、計画的に牧を決めて移動させないと、山を荒らすことになる。

 それは信仰する『織り手』の神の怒りを買う事。

 神の教えの一つは『調和』

 厳しい自然と調和して、恵みに感謝し、生きていくことだから。


 ミーアたちの小屋は族長や戦士階級の住まう村の中央部からは遠い村のはずれ。

 便利な水場や市場からは遠いが、家畜の囲いや牧には近い。

 トトは毎朝、紐を持つミーアを先導するように、ゆっくり集合場所にむかう。


 行きは良いのだ。

 短いが鋭い角を持つ岩羊は、仲間意識が強く、家族のミーアを守ってくれる。

 嫌なのは、家に戻る時。


 囲いから小屋まで戻る帰り道が、小さなミーアには大層長く、つらいのだ。

 今日は誰にも会わずに済むかと、半分ほど戻って来た時。

 べしゃっ、と冷たいものが、ミーアの後頭部にぶつかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ